So30. Dez


 ヴィスバーデンに行く。
ドイツに来てから初めての観光だけの一日だ。
それなのにいずみちゃんはいつものように寝起きが悪いので、布団から出るまでは普段のワンパクぶりが嘘のように弱音を吐く。
「私は行かない」
「あれ?頭が…いたたたた」
仮病である。
まったくこのアマ、行ったら一番楽しむクセしやがって!
ケツを引っぱたいて駅へ向かうと、案の定、アマはスキップを始めた。

 ヴィスバーデンまでは電車で30分くらいのものだが、旅の雰囲気を味わうには、やはり外の景色を見ながら車内でする食事が格別であろう。
というわけで、思い思いに駅構内の売店をブラつき朝食を求める。
すると出発時間になっても、いずみちゃんが戻って来ないではないか。
電車が行ってしまったその5分後、誰よりも完璧な朝食セットを手に彼女が現れた。
「ごめんね〜?」
出発前から姫に振り回されっぱなしである。
ホントに頼むでござるよ。
 仕方なく少し時間のかかる地下鉄ルートを使うハメになってしまった。
地下鉄車内でとる朝食は格別にイマイチだ。

 ヴィスバーデンの駅ではニコ達が待っていてくれた。
しかし案内してくれた場所がことごとく工事中でニコも苦笑い。
それでも普段味わえない観光気分に浸ることが出来て、我々は実に満足である。
凍った池に乗っかったり、温泉の吹き出る噴水で火傷しそうになったり、ある教会を見てオレリアンが「僕の教会だー…」と何かに取り憑かれたようにその教会に吸い込まれたり、車がスリップして死にそうになったり、となぜかスリルとサスペンスで、時間の経つのも忘れてしまった。
 すっかり陽の暮れたライン川のほとりに、お城がライトアップされてそびえ建っている。
さっき飲んだ御当地ワインも手伝って、幻想的な風景にすっかり酔ってしまった。
今度は観光だけでもドイツに来たいものだ。
ニコはアウトバーンを面白いくらいぶっ飛ばしてフランクフルトまで送ってくれた。


銀盤の女神

温泉の吹き出る噴水

丘から見たヴィスバーデンの景色
左はニコ

観光はいいね

 Mo31. Dez


 絶好の寿司日和だ。
今日の夕食では、我々が寿司を、カーステンが焼き鳥を振る舞う予定である。
手際の良いカーステンは早々と仕込みを終え、僕らのために調理器具を揃えてくれている。
彼はなかなかキッチンに姿を見せない僕らに痺れを切らし、度々部屋を覗いては「寿司の仕込みはまだか」と聞いてくる。
2時間もあれば大丈夫だろうと、我々は余裕の構え。
マグロをちょっとだけ切っては醤油をたらして味見をし、「チョーうめえ」と喜んでいるだけである。

 午後5時。ちょうど夕食の2時間前だ。
テーブルにデーンと乗っかるタコ2匹、マグロ、サケ各2kgはさすがに大量である。
まあ、切るだけだから、といざ包丁を入れるのだが、切っても切っても肉塊はその体積を減らしてくれない。
しかもあのタコという代物は、薄くスライスしようとするとクルッと足の向きを変え、穴の開いた小さな破片が切り取られるだけなのである。
すべてを切り終えたとしてもその後、最大の難所「握り」が待ち構えているのだ。
 これは間に合わない。
鮨飯用の酢が甘いの辛いの、サケの皮を焼くの焼かないの、これじゃ出汁巻じゃないオムレツだ、だの、タコブツ作戦だ、だの、それぞれが独自の方法を押し通そうとする連中の作業によって、ヨギの家のおしゃれなキッチンは滅茶苦茶だ。
それでも何とかメドが立ってくると、落ち着きを取り戻し、「ヘイ、ラッシャイ」とか言いながらみんな仲良く「握り」に取りかかる。
出来た…
魚介類との凄まじい格闘を終え、みんなでベトベトの手のまま意味不明の握手をした。
「寿司職人ってすげーなー」
これだけハードな作業を毎日やってるのかと想像すると、思わずそんな言葉が漏れてしまった。
日本の誇りだぞ寿司職人!(とハウンドドッグ!)

 2階のマリコの部屋がパーティー会場である。
ニコとカナもやって来た。
苦労してこしらえた寿司はどんどん減っていき、料理人としての幸せを噛み締める僕ら。
カーステンの焼き鳥も好調な伸びだ。
 午後11時50分。カウントダウンをするために花火とシャンパンを持って近くのマイン川へ行く。
いずみちゃんはすでにピョンピョン飛び回っており、手のつけられない状態だ。
 午前0時。岸や橋のあちこちから一斉に花火が打ち上がる。
「ハッピーニューイヤー!!」
とシャンパン片手に叫びながら次々とハグして廻る。
いずみちゃんはキャーキャー言いながらなぜか花火の周りをグルグル回っている。
 その後も彼女は、すっ転んで膝を擦りむいたり、爆竹から手を離すのを忘れてそのまま爆破させたり、マリコの部屋へ戻ってもワイングラスを割ったり、膝に絆創膏を貼ってもらって泣き出したり、「おいら『オイロ』の所へ行く」とか言ってなかなか寝ようとしないでみんなを困らせたり、と御乱行の限りを尽くしていた。
 明日帰るんだからもう寝ておくれ…


寿司

寿司とオレ達

プロ〜スト!

もうすぐ年が明けます

DJタケシ

酔ってます

飲んでます

特に酔ってる二人

 Di1. Jan


 12時頃目が覚めると、散らかり放題だったキッチンはすっかり元通りになっていた。
早起きのカーステンが一人で全部片付けてくれたのである。
最後まで世話の焼けるそんなオレ達。
フランクフルトで居心地の良い生活を送れたのは、こちらの仲間が我々に対して細かい心配りをしてくれたからに他ならない。
廊下やバスルームなど、いたる所に僕らの持ち物が散乱している状況からも、そのリラックスぶりが推測できるというものだ。
さあ荷造りをしなければ。

 散乱した物を一つ一つ確認しては、自分の持ち物をスーツケースにまとめていく。
他人の物を発見した場合は、「これ誰のー」と訊きながら掲げて見せる。
しかしそうやって発見される物の大部分が靴下であるというのは、一体どういう了見なのだろうか。
履いてないのかも知れないが、自然と最小限の指の面積でつまもうと心掛けてしまう。
「あたしのー」と声がしても、一瞥も呉れずに大体声が聞こえた方角へ放り投げる。
なにしろ全員自分の荷造りだけでてんてこ舞いなのだ。
 そんな忙しそうな僕らのために、オレリアンが昼食を買いに行ってくれた。
帰って来た彼からサンドウィッチとユーロの釣り銭を受け取る。
真新しいユーロのコインや紙幣は、見せて見せてと大人気だ。
よく考えると、この3週間使っていた『マルク』はもう一生手にすることがないのかも知れない。
ということは、おそらくタケシがドイツマルク史上最後のニセ札所持者だということになる。
我々は歴史的瞬間に居合わせたのだ。



 別れの時間は実にさり気なく訪れるものである。
いつもと同じように、キッチンでテレビを見ながら紅茶を飲み談笑していると午後5時30分。
もうタクシーが来る時間だ。
ここでお別れとなるカーステンと、空港まで見送りに来るヨギ達に手伝ってもらいながら、荷物を1階まで下ろす。
カーステンとハグを交わし、お土産とレコードのせいで重量の増した荷物と、ドイツで付いた脂肪のせいで重量の増した我々は首尾よくタクシーにおさまった。
QYPの忘れ物チャンピオン・タケシも、頭の中で何度も荷物を確認し「よし!」と頷いてから乗り込む。
窓ガラスを隔ててカーステンと手を振り合っていると、無情にも車は走り出した。
我が家のように暮らしたアパートメント、しょっちゅう買い物をした隣のKioskを眺めていると、「あ、手袋忘れた…」とタケシ。
さすがにチャンプは、哀しみの真っ最中であっても王者の貫禄だ。
『よし!』の意味が分からなかった。

 エールフランスのチェックイン女は鬼であろうか。
フランクフルト空港にて、我々は成田のJAL以上に厳しい荷物チェックに直面する。
女は「レコードケースは絶対に載せられません」の一点張りだ。
オレリアンがフランス語で説得しても、ヨギがドイツ語で説得しても、英語で説得しても、鬼は全く聞く耳を持たない。
しかしながらその融通の利かなさは、そのまま航空会社の安全性に比例するのかも知れない。
仕方なくケースは後で郵送するということに落ち着いた。

 ロビーでボーディングの時間を待つ。
ツアーの疲れと、やがて別離の時を迎えるという寂寥感からか、交わす言葉は少ない。
「あ、そうだ」とおもむろにマリコは、大事そうに持っていた紙袋の中身を僕ら一人ひとりに手渡した。
shibuyahotチームからのプレゼントだという。
「ありがとう…」
予期せぬ粋な計らいに、僕らは思わずグッときてしまった。
目が潤んでいるタケシ。
涙を見せたくないのか、タケシは「…ハンバーガー買ってこようかな」と言い残し、足早にマクドナルドへ行ってしまった。
意外なことに、サザンの歌詞で育ったアイツが最もこういうシチュエーションに弱い。

 帰りがYaYa遅いので(座布団持って来い)心配していると、エスカレーターを降りて来たのは純情なサザンファンではなく大魔神であった。
「あの店員のヤロー、あの店員のヤロー」
ユーロの計算でモタモタしてる店員のせいで、マクドナルドのカウンターは長蛇の列だったらしい。
「まったく、あの店員のヤロー、あとエールフランスのヤロー
怒りの沸点を越えると、済んだ事までゴッチャにして根に持つやっかいなサザンファン。
忘れ物チャンプのくせに『YaYa〜そういうことは忘れない』のだ。(座布団持って来い)

 さあ出発だ。
金属探知機をくぐる我々を遠くからずっと見守るヨギ、アンドレアス、マリコ、オレリアン。
まだお互いの姿を確認できる距離なので、僕らは彼らに手を振りながら歩き始めた。
すると「ガシャーン!!」と大きな音を立てて広告の看板が倒れる。
よそ見をしていたので、タケシが看板にぶつかってしまったのである。
金属探知係とヨギ達の爆笑がこだまする。
続くいずみちゃんの場合は他の客と正面衝突だ。
レッツゴー3匹であれば、ジュン、長作とくれば三波春夫の登場であるが、前の二人以上に面白いことが思い付かなかった僕は、何のヒネりも無くスタスタと歩き出す。
オチを期待していたヨギ達が遠くでずっこけている。
…まったくみんな別離を何と心得ているのだろうか。

 というわけで3週間に渡るドイツ・オーストリアツアーはこれにて幕を下ろす。
あとはテロさえ起きなければ明日成田に着くだろう。
家に帰るまでが遠足だが、数々の経験を経て少し大人になった我々にそんな心配は無用だ。
うん、確かにQYPTHONEはひと回り大きくなった。
特にお腹の周りが。


ヨギのアパートメントを出るところ

空港のロビーで。お別れですね

以上でレポートはおしまいです。最後までお読み頂き、どうもありがとうございました!