Di1.
Jan
12時頃目が覚めると、散らかり放題だったキッチンはすっかり元通りになっていた。
早起きのカーステンが一人で全部片付けてくれたのである。
最後まで世話の焼けるそんなオレ達。
フランクフルトで居心地の良い生活を送れたのは、こちらの仲間が我々に対して細かい心配りをしてくれたからに他ならない。
廊下やバスルームなど、いたる所に僕らの持ち物が散乱している状況からも、そのリラックスぶりが推測できるというものだ。
さあ荷造りをしなければ。
散乱した物を一つ一つ確認しては、自分の持ち物をスーツケースにまとめていく。
他人の物を発見した場合は、「これ誰のー」と訊きながら掲げて見せる。
しかしそうやって発見される物の大部分が靴下であるというのは、一体どういう了見なのだろうか。
履いてないのかも知れないが、自然と最小限の指の面積でつまもうと心掛けてしまう。
「あたしのー」と声がしても、一瞥も呉れずに大体声が聞こえた方角へ放り投げる。
なにしろ全員自分の荷造りだけでてんてこ舞いなのだ。
そんな忙しそうな僕らのために、オレリアンが昼食を買いに行ってくれた。
帰って来た彼からサンドウィッチとユーロの釣り銭を受け取る。
真新しいユーロのコインや紙幣は、見せて見せてと大人気だ。
よく考えると、この3週間使っていた『マルク』はもう一生手にすることがないのかも知れない。
ということは、おそらくタケシがドイツマルク史上最後のニセ札所持者だということになる。
我々は歴史的瞬間に居合わせたのだ。
別れの時間は実にさり気なく訪れるものである。
いつもと同じように、キッチンでテレビを見ながら紅茶を飲み談笑していると午後5時30分。
もうタクシーが来る時間だ。
ここでお別れとなるカーステンと、空港まで見送りに来るヨギ達に手伝ってもらいながら、荷物を1階まで下ろす。
カーステンとハグを交わし、お土産とレコードのせいで重量の増した荷物と、ドイツで付いた脂肪のせいで重量の増した我々は首尾よくタクシーにおさまった。
QYPの忘れ物チャンピオン・タケシも、頭の中で何度も荷物を確認し「よし!」と頷いてから乗り込む。
窓ガラスを隔ててカーステンと手を振り合っていると、無情にも車は走り出した。
我が家のように暮らしたアパートメント、しょっちゅう買い物をした隣のKioskを眺めていると、「あ、手袋忘れた…」とタケシ。
さすがにチャンプは、哀しみの真っ最中であっても王者の貫禄だ。
『よし!』の意味が分からなかった。
エールフランスのチェックイン女は鬼であろうか。
フランクフルト空港にて、我々は成田のJAL以上に厳しい荷物チェックに直面する。
女は「レコードケースは絶対に載せられません」の一点張りだ。
オレリアンがフランス語で説得しても、ヨギがドイツ語で説得しても、英語で説得しても、鬼は全く聞く耳を持たない。
しかしながらその融通の利かなさは、そのまま航空会社の安全性に比例するのかも知れない。
仕方なくケースは後で郵送するということに落ち着いた。
ロビーでボーディングの時間を待つ。
ツアーの疲れと、やがて別離の時を迎えるという寂寥感からか、交わす言葉は少ない。
「あ、そうだ」とおもむろにマリコは、大事そうに持っていた紙袋の中身を僕ら一人ひとりに手渡した。
shibuyahotチームからのプレゼントだという。
「ありがとう…」
予期せぬ粋な計らいに、僕らは思わずグッときてしまった。
目が潤んでいるタケシ。
涙を見せたくないのか、タケシは「…ハンバーガー買ってこようかな」と言い残し、足早にマクドナルドへ行ってしまった。
意外なことに、サザンの歌詞で育ったアイツが最もこういうシチュエーションに弱い。
帰りがYaYa遅いので(座布団持って来い)心配していると、エスカレーターを降りて来たのは純情なサザンファンではなく大魔神であった。
「あの店員のヤロー、あの店員のヤロー」
ユーロの計算でモタモタしてる店員のせいで、マクドナルドのカウンターは長蛇の列だったらしい。
「まったく、あの店員のヤロー、あとエールフランスのヤロー」
怒りの沸点を越えると、済んだ事までゴッチャにして根に持つやっかいなサザンファン。
忘れ物チャンプのくせに『YaYa〜そういうことは忘れない』のだ。(座布団持って来い)
さあ出発だ。
金属探知機をくぐる我々を遠くからずっと見守るヨギ、アンドレアス、マリコ、オレリアン。
まだお互いの姿を確認できる距離なので、僕らは彼らに手を振りながら歩き始めた。
すると「ガシャーン!!」と大きな音を立てて広告の看板が倒れる。
よそ見をしていたので、タケシが看板にぶつかってしまったのである。
金属探知係とヨギ達の爆笑がこだまする。
続くいずみちゃんの場合は他の客と正面衝突だ。
レッツゴー3匹であれば、ジュン、長作とくれば三波春夫の登場であるが、前の二人以上に面白いことが思い付かなかった僕は、何のヒネりも無くスタスタと歩き出す。
オチを期待していたヨギ達が遠くでずっこけている。
…まったくみんな別離を何と心得ているのだろうか。
というわけで3週間に渡るドイツ・オーストリアツアーはこれにて幕を下ろす。
あとはテロさえ起きなければ明日成田に着くだろう。
家に帰るまでが遠足だが、数々の経験を経て少し大人になった我々にそんな心配は無用だ。
うん、確かにQYPTHONEはひと回り大きくなった。
特にお腹の周りが。
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