Mo24. Dez


 20年ぶりのホワイトクリスマスだそうである。

タイ料理の残りを食うというおよそクリスマスらしからぬ朝食をしている我々も、降り続ける窓の外の雪をボーっと眺めては何ともいえない気分に浸ってしまった。
「これ、積もっちゃうねえ」「全然止まないねえ」などと言いながら窓を開け、
「うわーこれ吹雪だよ、吹雪き」
5分後にまた外を見て、
「あーこれ絶対積もるわ」とか「吹雪だ」とか言っている。
言葉だけ見ると、雪に対して若干否定的な語感があるかも知れないが、 これらが全てニヤニヤしながら発言されたものだとしたらどうだろう。
はっきり言って、我々、感動しているのだ。
 夜、遠くの方でゴーっと音が反響している。
雪に埋もれた通りを歩いて教会に近付くにつれ、その反響は街中の教会の鐘が統制無く鳴りまくっているためだと分かる。
この凄い不協和音が何とも恐ろしい雰囲気で、これから何かただならぬ事が行なわれるのではないか、と僕らをドキドキさせる。

 ミサは本物のパイプオルガンとテノールの歌声から始まった。
と思ったらそのBメロを教会に集まった市民が何の合図も無しに唱い始める。
説教の後も「アーメン」と言ったかと思うと、次の説教の後は「♪ア〜メ〜ン」とメロディーが付いてたりする。
アンドレアスに聞くと「昔からやってるから」憶えているのだそうだが、見事だ。
ミサが終わる頃には泣き出してしまう人も居た。
少しもらい泣きしながら、日本人とは明らかに違う宗教観だよなあ、と我々は感心してしまったのだった。

 ヨギのお父さんがいらっしゃった。
そう、ヨーロッパではクリスマスを家族で過ごすのが普通なのだ。
今年は僕らがお邪魔をしてしまって申し訳ない。
窓の外に出してあるビールは雪に埋もれて冷蔵庫より冷たくなっている。
雪です。
けいこちゃん。
(ヨギの)父さんと一緒に、ラクレットを食べたり、プレゼント交換をしたりして飲んだそのビールは、いつもと違う味わいだったわけで。


クリスマスなわけで。

 Di25. Dez


 24、25日はほとんどの店が閉まっている。
すぐ近くのKioskに行くと「open15:00-18:00」と貼り紙がしてあり、あと2時間待たなければ水も買えないという状況だ。
コンビニが一年中開いている日本では想像もつかないことだが、やはりこちらではクリスマスは聖なる日なのだ。

 今日ユーリカの和久君とミユキちゃんは日本へ帰る。
お土産を買い過ぎたとか言って、デカい荷物が一つ増えていた。
アパートメントの前にタクシーが来て、ここでお別れである。
互いにハグ(抱き合う)などするのは、日本だったら照れくさくて出来ないことだが、こちらではその方が自然だ。
「じゃまた日本で」とタクシーを見送る。

 寂しくなったが腹は減る。
クリスマスでも開いているレストランを探すと、さすがに非キリスト教圏、中華料理屋が営業している。
ドイツ語のメニューには閉口したが、紙に「焼売」「小籠包」と書いたら通じた。
3人だけで食事をするのはこちらに来て初めてのことだ。
店員も客も東洋人ばかりで親近感を覚えた。


 Mi26. Dez


 3日くらい前から曲作りをしている。
(食ったり飲んだり遊んだりしてばかりではないのだよ。)
29日のラジオの収録までに完成させて発表しようという心づもりだ。
「29日ということはあと2日間のんびりできる
これがQYPTHONE式計算方法によって割り出した解答である。
 しかしワーカホリックな者にとって、のんびりすることは苦しみであるらしい。
その者タケシは、車を運転中ちょっとでも渋滞していると、たとえ遅れようとも廻り道をして、じっとしている時間を回避しようとするような男である。
泳いでいないと死んでしまう回遊魚、マグロのようなものだ。
ここドイツでも彼は「太った〜」と言いながら、ことあるごとにジョギングに出かける。
そんな彼の今日の昼食はマクドナルドのビッグエックスセット(9.99DM)。
日本ではお目にかかれないバカでかいやつだ。
食生活の変化に敏感な彼の体には、少しでも慣れ親しんだ味がフィットするらしく、うまいうまいと平らげる。
マクドナルド&ジョギングにどれ程の効果があるのかは甚だ疑問だ。
 タイ料理を食べてからクラブへ行く。
昨日の中華にしてもそうだが、東洋の味になるといささか食べ過ぎてはいませんか、タケシ君!


 Do27. Dez


 大晦日には寿司と焼き鳥を作ろう、ということで僕とカーステンは日本食料品店に調味料などを買いに出かけた。(何かこの日記、食い物のことばっかりですね)
いずみちゃんに日本の雑誌を頼まれたが、売っていたのは朝日新聞だけである。
その値段なんと7DM(420円)。
カーステンは「Very expensive!」と呆れかえっていた。
持って帰って読んでみると、あまりの内容の薄さにまた呆れかえる。
数日前、利根川君(Roboshop Mania)からタケシ宛のメールに書かれた「田代まさし大麻所持」が最近の日本最大のビッグニュースであるらしい。

 まさしも大変だが、僕らはこれからボウリングに行くので大変だ。
何しろボウリングなんてQYPのメンバー同志でやったことがない。
道すがら素振りのマネなぞして、ウキウキの私達。
マリコ、ヤン、オレリアン、イェンス、QYPといった、いい大人7人衆による、明日の朝食係を賭けたデスマッチである。
 ストライクを連発するヤン達に「うまい!」「すごい!」と図らずも声が漏れてしまう。
ガーターや床にドーン!など、QYP方面も笑いが絶えない。
ヤン達のような声援をもらうべくストライクを狙う僕。 カキーンガラガラ!
6本ぐらいだ。
一番声援を送りにくい本数である。
優しいタケシ達は仕方なく「はやい」「まっすぐだった」とニヤニヤしながら、無理して僕のプレイの長所を讃えようとする。
しかし、その後の僕があまりにも6本ぐらいなので、長所を見つけるのにも飽きてしまったのか、悪ノリして「光ってる!」とか「ナイスポーズで〜す!」とかやってる。
 最終的には、実に不可解なことだが、いずみちゃんの160点が本日の最高得点であった。
しかも、まったく不思議極まりないが、彼女は5連続ストライクという離れ業をやってのけたのである。
「いずみに負けた〜!」と悔しそうな朝食係。
各々が一進一退の白熱したスコアの中、僕はどのゲームも90点ぐらいで「ふつう・オブ・ふつう」の称号を授かった。
「キャラ分かってるね〜」とタケシ。
僕は期待に応えたんだか応えてないんだか、よく分からん。


 Fr28. Dez


 のんびりしていたツケが廻って来た。
明日までに曲を完成させなければならない。
この日ばかりはいずみちゃんも歌詞をブツブツ唱えながら、真剣な表情で推敲に取り組んでいる。
その歌詞と曲の長さ、メロディー等を微調整し、全てを統率してまとめ上げるのがタケシの役目だ。
僕?
いや僕だって、MPCやら、ZIPやら、MOやら、UFJやら、NJPWやらで大変なんスよほんとに。(さて正解はどれでしょう)
とにかく余りのツケの量に、今日の朝食係のことなどすっかり忘れてしまい、またカーステンのお世話になってしまった。
本当はこの日、昨日のボウリングの雪辱を晴らすべく、ビリヤードに行く予定になっていたのだが、どうやらそれは無理そうだ。
 結局、朝4時頃まで作業が続いてしまい、残りは起きてからやることにした。
明日のライブ、大丈夫だろうか…


 Sa29. Dez


 ヨギからの電話で起こされる。
「すぐradioXに来てくれ」とのことだ。
放送スタジオの空き状況が直前になってやっと確認できたらしい。
慌てた僕らは、ハタ坊の足になりながら市電に飛び込む。
市電の中でもいずみちゃんは歌詞を見ながら復唱している。
 スタジオに入ると意外と時間に余裕があることが分かり、落ち着いてセッティングすることが出来た。
キーボートとサンプラー、この2台でベースからドラムからバックトラックまで全てをまかなう。
まさにモバイルバンドの本領発揮である。
タケシの選曲とインタビューの後、いよいよライブ収録の始まりだ。
 もちろん僕達とスタッフしかいないスタジオでの演奏ではあるが、密閉された室内に流れる音にはエコーが無く、むしろライブハウス以上の緊張感が我々を包む。
タケシのシンセベースに合わせて、いずみちゃんも憶えたての歌詞を見事に歌い切った。
その場のスタッフの大きな拍手によってようやく緊張が解かれた。
これをもってヨーロッパツアー全スケジュールが終了だ!、というのと、フランクフルトで曲を作ったんだな〜、という実感で、何とも感動的な雰囲気である。
パーソナリティのヨギも大感動してくれたようで、放送はまだ先だが、「あー早く聴かせたい!」ととても嬉しそうに何度も言っていた。

 帰り道。前方にユーロマークのモニュメントが見えて来る。
ヨギの部屋はユーロ銀行の本部から1分の所にあるのだ。
1月1日からのユーロ(ドイツ語では『オイロ』という)流通に向けて、セレモニーの準備が始まっているようだ。
その日は同時に僕達が日本へ帰る日でもある。
「あと3日かあ」
と思いながらモニュメントを横切り、アパートメントへ向かった。


これぞモバイルバンド

ヨギ

緊張の収録前



演奏中のいずみ、タケシ、健太郎

緊張ほぐれまくりのタケシ