Sa15. Dez


 ハンブルグから2時間でベルリンに着き、ホテルへ。
そろそろ皆疲れが出てきているらしく、ちょっとでも椅子に座るとうたた寝を始める。
買い物に行く時間があまり無く、慌ててホテルを出た。
道が分からず右往左往していると、ベルボトムを履いた謎の東洋人が急ぎ足で前を横切る。
グッチョンである。
彼はこちらの存在に全く気付かず、ウエスタンブーツの置いてある店をウィンドウ越しに見つけると、片っ端から入店している。
同じ頃、タケシはレコードと一緒に、レコードケース(100枚入)を購入。
帰国までに満タンにする腹積もりだ。
ところが100DM紙幣を払うと「これはニセ札だ」と店員。
店内が静まりかえる。
調べてみるとなんと正真正銘、本物のニセモノだ(どっちだ)。
ニセ札を掴ませる銀行も銀行なら、「気を付けて」の一言であっさり見逃す店員も店員である。
日本ならトップニュースものの出来事なのに…


(これを契機として、我々はこの不思議なベルリンという異空間に翻弄されていくのであった。)


 ホテルに戻ると、機材の追加注文の連絡でヨギがテンパッている。
パニックに陥ったヨギはタケシにドイツ語で話しかける。
怪しいラーメン屋に行き、そこにイージーチューンのリチャードとカリンも現れる。
久しぶりの挨拶もつかの間、オレリアンがはるばるスイスからやって来る。
オレリアンとタケシがぶつかって、人のバッグの中にワインをぶちまける。
ぶちまけられた女性がカンカンに怒る。
その女性に謝っていたはずのタケシが今度は「ラーメンが遅い」と大魔神化する。
リハーサルは2バンド合わせて30分、しかしレンタルのドラムセットが到着していない。
リハーサルが遅くて和久君が大魔神化する。
それを見て日本語のできるクリスがエンジニアに必死で通訳する。
オーストリアから別のクリスがやって来る…


 と、あまりの目まぐるしさで僕はいつの間にか楽屋で眠ってしまい、「あと10分で出番だ」と起こされた。
今度は僕がテンパる番だ。
ホテルに衣装を忘れた。
猛スピードで戻って、ベルリンの寒空を半裸で走りながら黒タートルを装着し会場に入る。
間に合った〜!
ベルリンの『赤い部屋』Roter Salonに集まった約250人のオーディエンスの歓声は、ユーリカ!のアンコールを要求していた。
僕らにバトンが渡される頃には、観衆もこの怒濤の一日に巻き込まれたような騒ぎである。
QYPが『SUSHI4004』に収録されていることを知っているのか、盛んに「スシー!スシー!」と声援を送っている。
寿司の注文に応え、我々は特上のパフォーマンスを提供する。
ベルリンの異空間は正常になるばかりか、更にもみくちゃである。
ライブ後もshibuyahotチームのDJで朝6時近くまで踊り狂っていた。


ベルリンの駅で
機材運びをサボるいずみちゃん

イージーチューンのリチャードとカリン夫妻

Roter Salonの楽屋にて
タケシの話を聞いたふりのいずみちゃん

 So16. Dez


 ユーリカ達と別れ、3人はウィーンへ。
バブシーとクリストフが空港で迎えてくれた。
タクシーから眺める雪のウィーンの美しさはこの世のものとは思えず、それを運転する太った女ドライバーの醜さが、これまたこの世のものとは思えない。
彼女は香水の匂いをプンプンさせながらずーっと喋り続け、クリストフは迷惑そうに相づちを打っていた。
 部屋に着いてベッドに倒れ込む。
ツアーがこんなにハードなものだとは思わなかった。
「ハウンドドッグってすげーなー」と思いながら寝る。
 夜の街を散歩して、オーストリア料理を食べる。
昼間あんなに寝たのに疲れが取れず、帰って来て、
「やっぱりハウンドドッグはすげーなー」とまた寝る。


 Mo17.Dez


 FM4のラジオ番組の収録。
放送局では会う人会う人みな「今日のライブ楽しみにしてるよ」と言う。
どういうこと?僕達もしかして有名人?
有名愛好家のいずみちゃんの口許はもう緩みっぱなしだ。
 帰ってラジオをつけると、他の番組でも『マフィン大作戦』が流される。
すると愛好家、
「うれしいなったらうれしいな」
と、のび太が歌ってるのしか聴いたことがないようなソングを連呼。
タケちゃんマンもニヤニヤし始めるし、僕も人知れず鼻歌混じりのシャワータイムだ。
よし、この有名マジックで、気持ちを良い流れに持っていこう。


 という時に限って起こるのがトラブルである。
『WUK』のリハーサルで機材を拡げてみると電源変換プラグが無い。
ベルリンに忘れてきたらしい。
電器屋はもう閉まっているし、万一開いていたとしても特殊な物なので売ってないだろう。
これが無いと全ての機材の電源が入らないのだ!
あ〜どうしよ〜!!
この時、WUKのエンジニアは少しも慌てずプラグの形状を見ると、ハンダごてを持って来てプラグを作り始めたのだ!
ものの10分くらいでプラグは出来上がった。
「Good Luck!」とエンジニア。
ああ、あんた、あんたほんまもんの男や!べっぴんさんや!


 リハーサルを済ませ楽屋で一服し、いざ本番のステージに上がると、地響きのような大喝采が沸き起こる。
ワンマンライブにもかかわらず、総勢400人(!)の大ウェーヴである。
も、もしかして僕ら有名人?!
有名中枢に流れるドーパミンはもはやナイアガラ状態だ。
気を良くした我々は最高の演奏を披露する。
それに合わせて日本人より二まわりはデカい400人が、床が抜けんばかりに踊りまくった。
 ライブが終わればいずみちゃんはサイン攻め、ふだん寡黙な私もウィーンのべっぴんさんに囲まれて、声のトーンが巨人・松井のヒーローインタビュー級に達している。
音楽の都ウィーンで、QYPTHONEに一体何が起こっているのか?
それに答えられる人は誰もいないのであった(飲み過ぎなのであった)。


Babsiが製作したディスプレイ

WUKのステージ

タケシ

いずみちゃん

ファンと抱き合ういずみ

サイン攻め

バブシー、WUKのオーナーと

 Di18. Dez


 ほとんど毎食ビールを飲んでいる。
もともとビール党員である僕にとって、ここオーストリア、そしてドイツは天国に等しい。
ビール党党首、大河原にとってもそれは同じだが、少々召し上がり過ぎのご様子なので、異例のアルコール禁止令を強行採決。
党首の体調を気づかっての判断であるが、彼女はあからさまに不満げだ。
 昼食。僕はシュニッツェルを食う。
「シュニッツェルにはビールだよ」とクリストフに教わり、僕だけ「プロ〜スト(かんぱ〜い)!」
いや〜まったくシュニッツェルにはビールである。
そのビールを身じろぎもせず凝視していた党首、そっとメニューを開いたかと思うと、
「…サラダにもビールだよなー」
などとまったく斬新なレシピを提案しかけたので、これを却下。
可哀想だが、ツアーの疲れで彼女の体力は限界に近いところまできているはずだ。
うちの看板娘をキズモノにするわけにはいかない。
というわけで少々キズモノになっても差し支えない僕は、うまそうにビールを飲み干したのであった。
その後看板娘は空になったジョッキを見つめ続けていた。


 飛行機でフランクフルトに戻る。
自分の家に帰って来たかのような安心感だ。
我が家に帰ってひとっ風呂浴びれば、当然QYPのアイツが騒ぎ出す。
「もうどうなってもいい。ビール飲みたい。」
討ち死になんてダメですよ党首。あんたは大将なんだから!