2004Korea

 10月28日(木)

 「今夜は焼き肉に行くか!」

 お父さんが発する言葉の中で、これほど強烈に父の偉大さを思い知らせる言葉が他にあろうか。
大盤振る舞いかつ太っ腹、そんな豪快な響きを持つ言葉を聞くにつけ、子供たちは「お父さんはすごいんだなあ」と父の存在の大きさを再認識するのである。
現代において、家父の威厳は『焼き肉』によって保たれていると言っても過言ではない。
 一方、お父さんには『演歌』がある。
肴はあぶったイカでいい、逃げた女房に未練は無いが、着てはもらえぬセーターを寒さこらえて編むような世界、子供たちには全く分からない世界である。
酒が入りそんな世界を情感込めて唄う背中を見て、子供たちは「お父さんは大人なんだなあ」と父の背負っている物の大きさに感慨を新たにするのである。

 『焼き肉』『演歌』、つまり日本のお父さんは韓国の文化によって支えられているのである。

 前置きが長くなりましたが、アンニョンハセヨ!
今日から韓国ツアーへ行くのである。
近年では日本のお父さんのみならず、韓流スターに熱狂する日本のお母さんをも巻き込む韓国の文化。若者はといえば、映画や音楽やスポーツなど、日本と韓国は最近互いに交流する機会が特に多くなってきたようである。
 QYPTHONEも今年、韓国盤の発売によって音楽が届けられたばかり。近いようで遠かった隣国へのツアーの期待感に、我々の気持ちも奮い立たされる。
待ち遠しかったなあ、本場のキムチ・カルビ・ユッケ・ビビンバ・クッパ…、あ、いかん、隊長、これじゃ単なる『焼き肉モード』なのではないでしょーか!奮い立ってるのは気持ちじゃなくて胃なんじゃないでしょーか!?
…ま、今さら取り繕ったってしょうがない、何しろ我々はエンゲル係数の増減を屁とも思っていない食事至上主義者の集い・QYPTHONEなんだから。
『焼き肉モード』による奇跡的なテキパキさのお陰で、僕も2時間で荷物を準備し終え、午前5時30分いざ出発!

…と思ったら、 僕の荷物は今までのツアーで一番重いようだ。動けない。

 他のメンバーの楽器は現地でレンタルすることが出来たのだが、僕の機材---MPC4000、フルアコギター、アンプシミュレータ、電源トランス、非常用MOドライブ---は結局持って行かねばならず、ハードケースの重量もあいまって、全部持って歩くとあまりの重さに10歩毎に休みたくなるほどである。仕方なくタクシーで新宿まで行きNEXのホームへどうにか降りるが、「発車ホームが変更になりました」とアナウンスがあり、再び莫大な荷物を抱えて階段を上り下り。
泉ちゃん、玉木君(いずれも軽装備)と合流すると、一人汗まみれでハアハア息を切らしているサマを見て「なんでそんなに荷物もってんの?」とか言われた。
オレの人生、浪花節だよなあ…
『演歌』の世界がなんだか少しだけ分かってしまったオレである。



 成田空港でタケシと合流しレストランへ。
タケシは今年ダイエット年間のため、全然食わない男になってしまったが、彼はしょっちゅう「今日は全然食ってない」とか「これを食いたかったのを我慢した」とかばっかり話していて、基本的に食事マターで動いていることには変わらない。
さすがは食事至上主義者の集い・QYPTHONEの隊長である。

  ソウルへは飛行機でたった2時間、家から成田までの方が時間がかかるくらいだ。
インチョン空港ロビーに辿り着くと、早速コチュジャンの匂いが漂っている。
ロビーではHappy Robot Recordsのニーナさん達が出迎えをしてくれていた。
Happy Robot Recordsとは、『Montuno no.5』『JOY』の韓国盤をリリースしたレーベルである。
「何が食べたい?」とニーナ。
「焼き肉!」
さあ日韓共催・焼き肉ツアーの開幕だ!

 ほんの2時間前成田で食事をしたばかりでさすがに焼き肉は重いということで、韓国家庭料理にした。
とか言いながらも韓国家庭料理は別腹なので、韓国式にテーブル一面に並べられた旨そうな小皿を、ついつい、一通りカラにしてしまった。まったくもって韓国家庭料理は別腹だから困ったものだ。



 昼食後移動し、韓国ヘラルド経済新聞のインタビューを受ける。
音楽を深く掘り下げたコラムに掲載されるため、質問は非常に繊細な部分にまで及んだが、日本語ペラペラのQさんという男性が通訳をしてくれたお陰でスムースに進む。
我々の答え一つ一つに感心する新聞社の人たち。
しかしQさんは日本語ペラペラな上、洞察も鋭く、勘がいい。我々のマジメな答えの裏に潜むズッコケぶりに薄々感づいているようである。

 2時間前に韓国家庭料理を食ったばかりだが、焼き肉と聞けば食事至上主義者の血が騒ぐ。
なにしろ、焼き肉は別腹である。
本日の夕食は「デジカルビ」という、ワインに漬けておいた厚切りの豚肉とキムチを鉄板の上で豪快にハサミでブツ切り、ニンニクと一緒にジュージュー焼いて食う料理だ。次第に焼き色がついていく肉とニンニクから、あの食欲をそそる香りが止めどなく溢れてきて、「もう今日は食わない」と言っていたタケシ隊長も鉄板の前に箸を突き出して待機中。
 この国ではニンニクとキムチが毎食必ず出てくるところを見ると、ニオイについてのタブーが無いんだろう、ああもう絶対そうだ、と強引に解釈した我々は、口がニンニク臭いだの服が焼き肉臭いだの、そんな些細な問題は全てうっちゃらかして、豪快に口にほおばり、別腹へ流し込む。

ウ、ウマイ…

 タブーを侵しているイケナイ感じと、重点的に顔面を攻撃する辛味、これに眞露(日本で売っているのよりやや甘い。何と300ml一本約100円!)の甘みが良く合う。旨すぎてみんなしかめっ面になっている。
スタッフ全員で「カンペー!(乾杯!)」をし、これから始まる韓国ツアーの成功を祈る。
 家、NEX、成田、飛行機、韓国家庭料理、僕にとってはそれに続く本日六回目の食事が終了した。
シーハーやりながら豪快に腹鼓を打つ我々に、「ハイ」と言ってQさんがくれたのは『お口の恋人・ロッテ』。ガムである。やっぱり臭かったらしい。
この国のガム業界がこれだけ発展した理由が、なんだか少しだけ分かった僕らであった。