2003Austria

 Mi 27. Aug

「このスーツケース、素敵でしょ」

 荷物カートにまたがって、スーイスイと空港の人混みをすりぬけてく様子はもう一人前の魔女気取りだけれども、タケシはまだ魔女修行中のおしゃまな大魔神。
怒りっぽくて、おてんばで、「殺すぞ」が口癖の横浜育ち。
だけど今日のタケシは、女の子なら誰もが憧れる真っ赤なアンティーク調の旅行カバンを抱えて、何だかとってもご機嫌なのでした。
 だって今日はウィーンに行くんですもの!
 立派な魔女になるのにふさわしい街だと思わない?
「私、魔女のタケシです!この子は黒猫のジジ!」

 まあ、要するに、オーストリア2週間のライブツアーである。

 赤靴、赤レコードバッグ、そしてこの日のために買った赤スーツケースと、全身を赤で統一して成田空港に登場したタケシのテンションの高さに一瞬引き気味になったが、「むしろ真似したい」とその赤カジを羨むほどに僕と泉ちゃんも正気を失っている。
 なにしろフェアリーテールの国へ向かうのである。『美しき青きドナウ』が頭の中に流れているのである。浮かれるなと言う方が無理である。
 現に今我々は、ラッパを吹く天使と妖精達に手を引かれながら歩いているわけだし、「おいでおいで、お城で舞踏会があるよ、おいしいお菓子のお家もあるよ」と、様々なおとぎ話が一緒くたになったオーストリアのイメージを想像しているわけである。
 そんな軽いトランス状態の中、キップソーンの3人は天使と妖精にいざなわれるがまま、至福の笑みをたたえながら天に召されていくのでありました。まあ、飛行機に乗ったわけである。

 珍しくイザコザ無しで飛行機に乗る事ができたせいか、タケシの中でスイス航空は抱かれたい男優ベストテンにランクインしたようだ。トランジットのスイス・チューリッヒ空港の店で、彼は赤地に白十字のスイス国旗がデザインされたTシャツなどを買っている。(しかももう着てるー!)
赤い物を身につけるのもほどほどにしてもらいたいが、なにしろ、お城で舞踏会があるのだから多少のドレスアップは必要だ。

 ウィーンの空港に降り立った僕たちは、「おほほほ!おほほほほ!」とロココ調なムードで追い駆けっこをしながら荷物引渡所へ急いだが、そこで目を疑うような光景に出くわした。

 真っ赤なスーツケースに穴が!穴が!!

 ベルトコンベアから流れてきたタケシのスーツケースを前に、ロココな俺たちは呆然と立ちつくす。
スーツケースの表側の片隅に15cm四方の四角い穴が開いているのである!
『弁』状にパカパカになってしまった表皮の裏側から、繊維質の内皮がバラバラとほぐれてはみ出しており、その悲惨さに目を背けたくなる。
亀裂から垣間見える男物のパンツからも目を背けたいが、そんなことよりも、この『物損』の被害者、「殺すぞ」が口癖の横浜育ちのタケシが、一体どんなことになってしまうのかと僕と泉ちゃんはドキドキしていた。
 しかし、意外にも彼は、
 「100年もつって言ってたのに、1日しかもたねえでやんの…」
と、二人の心配を軽減させるかのように冗談めかして苦笑し、
 「ありえねえー」
と、小声でつぶやいているだけだ。
目に怒りと憂いはあるものの、落ち着き払っていて、性急な行動に出るようなことはしない。
 前回の空港トラブルから2年、タケシも大人になったのだろうか。
それはそれで喜ばしいことなのかもしれないが、こんな仕打ちを受けながら、彼が『いい大人』を演じ続けることができるはずがない、いやむしろ演じて欲しくない。
 僕らの知っている『あるべきタケシ像』とは、堪忍袋などという内臓器官を持たず、「目には目を」というイスラムの教えを遵守し、争いの中でしか自我を見いだせない人間の表情をしていたはずだ。

 どうした!
 それでも最も邪悪な一族の末裔か!

 スーツケースの傷口を撫でさすり静かにしゃがんでいたタケシは、ようやく自分の怒りと指命とを認識したのか、「ズズズズズ…」と大地を振動させながら、体中から蒸気を吹き出しながら、怪音を吐きながら立ち上がる。
彼が成田で見せた魔女のキキのような愛らしい面影は、今や全く別の、宮崎アニメキャラ随一の殺戮マシーンの姿へと変化していってしまった。
 かつて文明を滅ぼしたこともある生体兵器、巨神兵の復活である!
『巨神兵ビーム』をやたらめったら吐き散らしているこの生き物を制御するべく、イズミ殿下はスイス航空荷物カウンターを指差しながら彼にこう叫んだのである。

 「焼き払えーーー!!!!」


 スイス航空との交渉で、どうにか弁償の約束を取りつけたタケシだったが、今回の旅を演出する大切なアイテムを壊されたことは動かし難い事実だ。プスプスとビームの残りかすを噴き出しつつ、すっかりスイス嫌いになって戻って来たが、まだ真っ赤なスイスTシャツを着ているのが哀れだ。
 変わり果てた姿になってしまった赤いスーツケースを荷物カートに載せて、変わり果てた姿になってしまった赤い男をなだめながら、空港で待っていたバブシーとクリストフに会う。
2年前、冬のウィーンでもお世話になった彼らが、今回のツアーを企画してくれたのである。
長時間のフライトと賠償責任の追及で疲れた我々に、天使と妖精のような彼らの微笑みがとても優しい。
二人に会うやいなや、生体兵器も元の魔女見習いの笑顔に戻ったようだ。
夏のウィーンの涼しい夜風に吹かれながら、再会を喜び、ハグを交わしたのである。
 そして天使と妖精にいざなわれるがまま、至福の笑みをたたえながら天に召されていくのでありました。まあ、ビール飲んで酔っぱらったわけである。

 さあ、オーストリアツアーの始まりだ!



日本最後のメシを食って
(成田エクスプレスの車内にて)


まずはチューリッヒへ行きます


乗り換えです


その時タケシのレコードひん曲がる


スーツケースぶっ壊れる


気を取り直してバブシーと乾杯
(バブシー&クリストフの部屋に到着)


キップソーンで乾杯


バブシーの隣がクリストフ。オレ達まだ飲んでます
(アパート近くのイタリアンレストランで)