2003Austria

 Di 2. Sep

 食器洗浄機が故障しているので、食後は誰かが皿洗いをしなければならないが、『誰か』がだが、おいおいおいおい、なんでみんなオレの方を見る。プレッシャーに耐えかね、食器洗いは今のところ僕の朝の日課となっている。
 でもまあ、泉ちゃんも仕方なく濡れた食器を拭いているし、それを戸棚にしまう係のバブシーも「性能のいい日本製の食器洗浄機」とか僕をおだててくれているから良かろう。ただ、朝食を食べない代わりに手伝ってもくれないタケシが後ろで「オレ、応援する係」とかバカ話をしていてとてもうるさい。
 クリストフが僕に「いつも食器洗いありがとう」とねぎらいの言葉をくれたのだが、僕はなかなかとっさに「どういたしまして」と英語で答えられない。
だって「You're welcome(お前は大歓迎だ)」ってなんか偉そうな感じしませんか?
そのためいつも「いえいえ」を表すつもりで「Ah, OK」となってしまうが、泉ちゃんによれば英語ではむしろ「Ah, OK」の方が偉そうに響くらしい。他国の言語の扱いには注意が必要だ。

 洗濯をしなければ。
 ジョギングで汗をかく分、他の人より洗濯物が多いタケシなのに、めんどくさがりの彼はバスルームに自分の衣類を持ってきて、よろしくね!と言い残して戻ってしまった。
他人の履いた靴下に対してもよおす嫌悪感は他の追随を許さない。
バブシーは二重にしたポリ袋でタケシの靴下をつまみ、キャッキャ言いながら洗濯機に放り込んでいた。

 連日のライブの疲れで眠っているタケシと泉ちゃんを部屋に残し、クリストフの車でライブに使った機材を返却に行く。全て終わって帰る頃、バブシーの携帯に部屋にいる泉ちゃんから連絡が入った。
「昨日B72にタケシのジャケットを忘れたみたい」
 電話を切ってから「Mr.フォゲッター」とか「忘れ物王」「マエストロ」とか、あきれながらタケシの称号を色々決めて車の中で盛り上がっていたが、アパートで迎えたタケシと泉ちゃんはなぜだかものものしい雰囲気である。どうやらタケシのジャケットを忘れたのは昨日ジャケットを借りていた泉ちゃんらしい。
 B72の界隈に戻って心当たりの場所をくまなく探したが一向に見つからない。この旅でタケシはスーツケースを壊され、持ってきたレコードはひん曲がり、ジャケットを無くされたわけであり、だいぶご立腹である。泉ちゃんも責任を感じてか、うなだれたまま喋れない。

 このキップソーンの窮地を救ったのがベルナルド君である。
 ベトナム料理屋で変なムードのまま静かに夕食をする我々5人のところに突然現れた男。痩身だが骨格のしっかりした、背の高いゲルマン系のこの若者は、クリストフに静かに挨拶をするとその隣に座った。
 ドイツ語での挨拶は僕にとって緊張の瞬間だ。なぜなら「グーテンアーベント。マインナーメイストドラエモン。」という、ドラえもんが『ほんやくこんにゃく』を使って発したドイツ語の挨拶が頭に染みついているため、かなり意識して「ドラエモン」を「ケンタロウ」に換える必要があるからである。挨拶をしようと男の方を見ると、Tシャツに日本語が書いてある。タケシが笑いながら「『毎日が地獄です。』、だって…!」と小声でその日本語を読むと、男はニッコリしてかなり流暢な日本語で、
 「まさにその通りなんですよね〜」
と答えるではないか。
 「地獄、というのは言い過ぎかもしれませんけど、忙しいのは確かなんですよね〜。どうも自己紹介遅れました、ベルナルドと申します。」
 バカでかいゲルマン男には不似合いなあまりにも丁寧な日本語に、一同爆笑だ。
ところであんた誰?
 「『袖擦り合うもたしょうの縁』とでも申しましょうか、あっ、この場合の『たしょう』は『他生』って書くんですよね〜。すいません、豆知識で。」
久しぶりにメンバー以外の日本語を聞いて、タケシも泉ちゃんもだいぶ気分が晴れたようだ。どんどん丁寧語がエスカレートしていく彼をまじえた6人で部屋盛りをすることになった。

 「ままままま、社長!」「おっとっとっと!」と日本式に酒を酌み交わし、バンドの危機を脱するきっかけを作ってくれたベルナルドに感謝の意を表する。
そしてベルナルドは教えてくれた。
 「僕が日本にいた時、あるミュージシャンの名前を見てびっくりしたんですよね〜。」
なんでも『Gackt』というのは、ドイツ語で「ウンコする」という意味らしい。
他国の言語の扱いには注意が必要だ。



泥のように寝ています


洗濯機、これで回るのでしょうか…


使い方の説明


夕食です。こんなに旨そうな料理なのに…


なぜかもの静かな僕たち


ベルナルドの登場で元気になりました
右がキップソーンの恩人・ベルナルド君


市電で帰るところ


日本の『冷えピタシート』初体験のバブシー


部屋盛り中


なんかのエクササイズだそうです


もう寝ようよ