2003EU

 10月21日(火曜日)
 Dienstag 21 Okt.

 僕たちもずいぶんと旅慣れてきたものだ。
今日から海外旅行だというのに、荷物のパッキングなど当日の朝やっているのである。
初めて海外遠征に出かけた5年前には考えもつかなかったほどのベテランぶりである。
ドキドキして夜も眠れなかった5年前の初のニューヨークツアー、僕たちは何とウブだったことか…

 あの当時、僕は飛行機に乗ることさえ初めてであった。空港ロビーのエスカレーターを前にして「荷物カートのまま乗っていいのだろうか…」と立ち往生し、出国審査の赤のラインを越えて係員に怒られ、機内で外人のスチュワーデスが食事を運んでくる前に小声で(チキンプリーズ、チキンプリーズ…)と英語の練習をする、まったくウブなハナタレ小僧であった。
 あれから僕らも数々の経験を積み、
「まあ、パスポートとお金と楽器さえ持ってけばなんとかなるっしょ!!」
とか大胆なことを言ってのけるようになった。
フーテンの寅さんのように「ちょっくら旅に出てくるわ。」とおもむろに旅行カバンを用意し、あらよっと一張羅を羽織っただけで旅立つオレ達の姿は、旅への気負いや不安感を微塵も感じさせない旅の達人、そう、山口良一や阿藤快といった『旅芸人』の域に達しているのだった。

 朝、家を出発する頃、タケシから電話が入った。
「僕のパスポートを泉が持ってるから、空港に入れないかもしれない…どうしよう」
ちょ、ちょいと、旅の人!
パスポートって…あんたそれキホン、キホーン!
(ご存じかと思うが成田空港の入り口ではパスポートの提示が必要なのだ。)
 やはり我々の海外遠征は永遠にスリルがつきまとうようだ。
なかなか良一や快のような、ぶらり湯けむりほのぼの旅行という訳にいかない。
 しかし心配した僕と泉ちゃんがそろそろ成田に着くという頃、「なんか入れた。」との連絡がタケシから来て軽くズッコケる。あっけなくスリルが解消してしまうズッコケ感も、キップソーンのツアーに無くてはならないアイテムである。ズッコケ感といえば、忘れちゃならないのが今回のツアーの行程だ。

 東京--チューリッヒ--ベルリン--アムステルダム--エンスケデー--アムステルダム--フランクフルト--サンクトペテルブルグ--モスクワ--フランクフルト--チューリッヒ--フランクフルト--チューリッヒ--東京。

 アムステルダムが2回、フランクフルトとチューリッヒが3回も出てくるのである。ズコー!(ズッコケたところ)。もっとうまい行き方がありそうなものだが、イベント日程や慌てて予約した航空チケットの関係もあり、これが最善のコースなのだ。メジャーリーガーのように連日の移動を余儀なくされることは必至で、「僕らの体は持ちこたえるだろうか…」という不安がよぎる。
 これだけ多くの都市をいっぺんにまわるツアーというのも僕たちには初めてであり、付け加えてこの行程、タイトなスケジュール……いずれも過去のツアーのレベルを越えた未知の領域だ。また一方、スイス、ロシア、オランダといった未だ足を踏み入れたことのない国々の存在が、僕らの頭にいっそう謎めいたツアーのイメージを喚起させるのである。

 スイス人はアルプスの山頂でアルペン踊りを踊る。
 ロシア人はコサックダンスを踊る。
 オランダ人はラリッてる。

 我々の持つ未知の国のイメージは小学生レベルだ。未知と言うより無知なのである。
「まあなんとかなるっしょ!!」
アルペン踊りでもコサックダンスでも、ライブで踊ってくれれば大成功、とあっけなく不安が解消されてしまう単純な心のシステムもまたキップソーンらしさというものであろう。僕たちは再び意気揚々とボーディングゲートへ向かうわけだ。無知の勝利である。

 成田発北方航路の飛行機はモスクワ、サンクトペテルブルグ、ベルリン、フランクフルト上空を越え、チューリッヒに到着。ここで乗り換えてフランクフルト上空を越えてベルリンへ行くわけだから、道草具合も堂に入ったものである。
ところで飛行機の席順だが、なぜか決まって通路側に泉ちゃん、真ん中にタケシ、窓側が石垣の順に座るのだ。泉ちゃんは「トイレに行きたいから」そうして欲しいと言うが、そんなもんオレだって行きてえ。

 ベルリン・テゲル空港にはノベートが待っていた。ベルリンのイベントのオーガナイザーである。彼の車でレストラン『MARKTHALLE』に到着した。明後日のライブへ向けて乾杯をし夕食を食べたら、今夜は早めに就寝する。
ところでホテルの部屋割りだが、タケシと石垣は個室で、テレビ付きの二人部屋に泉ちゃん一人、ということになった。「トイレに行きたいから」だそうだ。意味が分からない。



成田空港。こんなに機材があるから大変です。


でも楽しいのです。


チューリッヒ空港にて


ベルリン。『MARKTHALLE』


タケシは目を閉じて肉汁を堪能。


今夜の寝床