2003EU

 Freitag 24 Okt.
 vrijdag 24 okt.


 MPC4000、S760のハードケース、キーボード、他の機材の入ったバッグ、販売用CDの段ボール、スーツケース3個、ロバートのリュックサック、各自の手荷物…
僕らの荷物は、いったい全部で何kgあるのだろうか。
 ライブを開催する都市間の移動中は、これらの荷物の上げ降ろしが主な仕事である。上腕の筋肉、腹筋、背筋が意味もなく鍛えられていくと同時に、体力はみるみるうちに消耗するのだ。

 本日早朝、寝不足のままやっとの思いで2階のホテルから荷物を降ろすと、今度はタクシーのトランクにひとつひとつ積み入れ、『ベルリン動物園駅』に到着してひとつひとつ積み降ろし、混雑するICEの車内では空いている荷棚を探してはひとつひとつ積み上げて、発車して一息ついたかと思うとすぐに乗り換えがあるという。
 「もうダメだ…」
その言葉を口に出してさっさと横になってしまいたい。

 乗り換えのデュイスブルグ駅で大量の荷物と一緒に喫茶店でお茶をすするが、みんな無口に虚空を眺めていしまうのである。
そこへ元気な女の集団が現れ、ひとりが大声で「ティキタキティキタキ!」というと「ホイホイホイ!!」と全員で叫んでビールを飲み干した。元気なヤツらの登場は我々の疲れをいっそう倍増させる。
 しかし今日、明日と、ライブが続くので、気合いを入れなければならないのも事実である。よし、彼女たちの真似をしよう、と泉ちゃんが音頭を取る。

「ティキタキティキタキー」
「ほいほいほい…」

 やめときゃ良かった。再び荷物をICEに詰め込み、国境を越えてオランダに入る。

 アムステルダムに近づくと、窓の外には前衛的なオランダ現代建築家による変な形の建物、看板には『centraal』『telefoon』『ook een voor klaar』といった明らかに母音が変な字が見えて、ついに頭がおかしくなってしまったかと心配になる。後で知ったが、これがオランダ語の綴りの特徴らしい。

 程なくアムステルダム中央駅に到着。
 駅に迎えに来たのは坊主頭の日本人であり、ますます訳が分からなくなってくる。この人がオーガナイザーの一ノ瀬さんで「どうか急いで下さい!」となぜかとても慌てている。
 ロバートがのんきに「帰りのチケットの変更をしたいのですが」というと、一ノ瀬さんは携帯で誰かと電話をしながら「え?変更ですか?はい、もしもし、オレ、今ホーム。キップソーン着いた。え〜と、あ〜、はい、何の変更ですか?」と完全にテンパっている。

 ゆっくり街を眺める暇もなくホテルへ。
車で送ってくれたマーティンというオランダ人は「ライフ・ヴィル・シュタート・アット・イレフン」とか僕たちに向かって話していたのだが、それが「Live will start at 11.」という英語だと分かるまで時間を要した。VがFに、WがVに、SがSHになるのがオランダ人の英語の発音の癖であるが、そんなことより、だんだん頭が痛くなってきた。
 ホテルの部屋まで荷物を運び入れ、「もう休みたい…」と思わず泉ちゃんが呟くが、一ノ瀬さんは「お気持ちは分かります!非常によく分かります!でも急いで下さい!!」と申し訳なさそうに我々をせかす。リハーサルの時間がもう過ぎているらしいのだ。
ライブに必要な物をスーツケースから引っ張り出し、車で会場へ向かう。

 会場の『P60』に着くが、遅れた関係で予定を大幅に変更しなければならない。先に夕食となる。
ゴッドファーザーのマーロンブランドような喋り方をするDJアリアンさん、日本語ペラペラのバカでかい女性ズィータ、帯バンのpitchtunerのメンバーと一緒に天ぷらごはんを食う。
疲労のピークの中、次々に初対面の人達を紹介されていくわけである。
失礼の無いように僕らはもの凄く喋り、笑っていたため、体の筋肉に引き続き、顔の筋肉が痛くなってきた。
 イベント進行表には、リハーサル、ライブ、DJと、分刻みでびっしりとスケジュールが組まれており、ベッドで横になるのはずっと先のことだと知る。

 リハーサルが終わり、楽屋へ。ようやく少しばかりの休息がとれる。
ライブの司会を担当するズィータが、同じ楽屋で日本の着物に着替えながら、「オランダの印象はどうですか?」と僕らに尋ねた。

 「もうダメだ…」

 答えになっていなかった。正直、これからライブを演るということさえ信じ難かった。今の状況下で敢えてオランダの印象を挙げるならば『無限地獄』である。しかし「オランダは無限地獄のようですね。」という答え方はありえないし、スタッフ達は何も地獄を味わわせるために僕らをアムステルダムに呼んだわけではないのだ。
 彼らも純粋に今日のイベントの成功を望む、同じ側の人間である。オレ達はイベントを成功させるために来たのだ。疲れている場合ではないのである。そこんとこよーく考えて、僕らは疲れた体に鞭打ち、心頭滅却を図る。一部、泉ちゃんに限っては、楽屋の冷蔵庫に大量に入っていたハイネケンをほとんど飲み干し、既にパワー全開になっていたので、心頭滅却の必要はあるまい。幸いなことに今夜は観客が大集合しており、疲れた僕たちの体は自然と奮い立たせられる。

 pitchtunerのライブが終わり、いよいよQYPTHONEにスタンバイの伝令が来る。
 ズィータの紹介で、黒装束に身を包んだ僕とタケシが舞台袖から登場し、おもむろにMPCをスタートさせた。クネクネと動きながら演奏を始めると、フロアに溢れた人々は「何だこれは」と興味深げにニヤニヤし始める。
 「Welcome to the QYPTHONE party!!」というタケシのサンプラーの連打を合図に、泉ちゃんがステージに現れた。
「ウオ〜〜!!」と期待感の凝縮したオーディエンスの唸り声が上がり、体を揺さぶり始める。オランダ人は世界で一番デカイ人種とも言われており、そんな彼らが一斉に床を踏み鳴らすのだから大変だ。
 その中にいた1組のカップルがなんと『Go Go Girl』と『Boogaloo Chair』のEPを持って、「イェ〜〜!」と僕らに見えるように高々と手を振った。あんなレア盤、どうしてオランダ人が持ってるの〜?と僕らは面食らい、彼らに手を振って応えた。会場のムードは一気に盛り上がる。
 日本人も何人かいて、大勢のでっかいオランダ人に囲まれながら踊っている。
日本人とオランダ人、鎖国中の江戸時代でさえ国交を持っていた仲だ。潜在的に近いグルーヴを持っているのかもしれない。スピーカーからよどみなく激しく繰り出されるビートに合わせて、実に楽しげに手をたたいて喜んでいるのだ。そして忙しくて長かった一日とは反対に、あっというまにQYPTHONEのライブはエンディングを迎えてしまう。
 ステージを去るが、鳴りやまない拍手に押されてアンコールに突入した。ちょうど僕らももう少しやりたかったところだ。既に自分達が疲れていたことなど忘れていた。
 大喝采の中でライブは終了し、僕らが手を振って去ろうとすると、サインを求めてステージに駆け寄ってくる何人かのオーディエンス達。五木ひろしコマ劇公演のような、こんな熱狂ぶりは僕らも初めてで、嬉しいやら恥ずかしいやらである。あやうく千円札で出来た首飾りを掛けられるところであった。

 この後タケシはDJブースでもうひと仕事あり、同じくDJを行うゴッドファーザー・アリアンさんとともに更に盛り上がっているようだ。楽屋に戻った僕と泉ちゃんの二人は、ズィータの進行でビデオインタビューを受ける。ビデオを構える男性は、映像デザイナーだがコーネリアスのツアードラマーでもあるという。インタビューを終えてからは、オランダなのに寿司を食い、ハーフなのに中野四中出身のBボーイに「お前らt.A.T.u.っぽい」と批評され、ドレッドヘアーなのにオリンピックオランダ代表の剣道選手に「サヨーナラー!」と見送られて、ホテルへ帰った。
 疲れたけれどもハッピーだ。

 アムステルダムは不思議がいっぱいなのである。



ベルリンの駅にて。


オランダ行きICEの車内。


「ほいほいほい…」


アムステルダム駅。疲れた…


ICE。


みんなで夕食してるところ。


左がカメラマン、右がズィータ。


寿司。


左から一ノ瀬さん、リョウさん、石塚さん。
今日は色々手伝っていただきました。。。


やっと寝れる…