2003EU

 пятница 31 октябрь


 エカテリーナ宮殿、エルミタージュ美術館、壮麗な大聖堂といった歴史的建造物と、その真ん中を悠然と流れるネヴァ河---サンクトペテルブルグはまさに巨大な観光要塞だ。チャイコフスキーやドストエフスキーやプーシキンやレーニンなど、この都市で活躍したヤツラにはどいつもこいつも偉人の風格がある。
 ここは王者の寄せる地なのだ。
この王都に招待を受けた我々は、豪華三つ星ホテル宿泊というVIP待遇も相まって、まさに王様気分である。王様御一行は本日、サンクトペテルブルグの麗しき街並みをご覧あそばされるのだ。
皆のもの、今日は思いっきり観光しようぞ!馬を牽け!

 まあ慌てるでない。その前に、一応機材チェックをしておこうぞ。MPCの電源をつないで、と、お?プラグのサイズがちょっと違うのう。ちょこざいな。こっちのプラグだと…それ見たことか!バッチリフィットでおじゃる。脅かしおってこの愚か者めが!ぬは、ぬはは!ヌハハハハ!!だんだんバカ殿になってきたでおじゃるが、気にせず電源をON!ほらほら、ブイーン、カリカリとハードディスクが起動するのよねー。ぬはー。そしてディスプレイが…、ディスプレイが…?、ディスプレイが?!

映らぬ…

映らぬぞ?おいおいおい。再起動。映らぬ。何度やっても映らぬ…

「映らない…」

 できるだけ声をひそめて皆の衆に告げるが、場の空気は一瞬にして凍りついた。
ディスプレイが映らない。ディスプレイが頼りのこの楽器にとって、これは致命的なことである。それどころか、ライブ用データをロードすることすらままならないのだ!待てよ…ハードディスクは起動しているのだから、とディスプレイに頼らずメクラ滅法にボタンを押すが、まったく関係ないデータがロードされる。何度やっても違うデータが出てくる。ヤバイぞこれは。ヤバイヤバイ!
 ホテルでドライバーを借り、大慌てでMPCを解体していく。しかし解体の途中、どのドライバーにも合致しない箇所にぶち当たった。周囲を取り巻く愕然の空気の中、僕(おうさま)はひとり完全にバグっている。
 そして何よりも、どうして昨日のうちにチェックしておかなかったのか、というミスが悔やまれる。さっきまでの王様気分が恥ずかしくなり、防御策を怠った負い目がプレッシャーとなって僕に重くのし掛かってくる。観光を返上してこの事件の対策にあたるみんなの視線が、ますます冷たく刺さるように感じる。

 アンドレイに楽器修理屋に連れて行ってもらうが、ロシアにはMPC4000がまだ入ってきていないらしく、替えの部品が無いので、1時間ほどの修理屋の健闘も徒労に終わった。

「カラオケで演ろう。」

タケシの最終決断が下された。
悔しさと、自分に対する怒りと、落胆と、ライブ大丈夫なの?という恐怖と焦り…僕は茫然と立ち尽くし、顔面は普段以上に蒼白となり、声を発することも出来ない。この王様は打たれ弱いのだ。

 悲劇はこれだけで終わらなかった。
か弱き王様はライブ会場に着くやいなや、信じられないことに気づいたのである。

機材の入ったバッグ、忘れた…

ああ、もう誰も口をきいてくれない…
 ワテはホンマのアホや…駄目人間や!王様なんて嘘ダス…ワテはちっぽけな、ホンマにちっぽけな人間なんダス…もう生きてるのがイヤんなってきたダス…。

 パニックが引き起こした『二次災害』というヤツである。ロバートとアンドレイが取りに戻ってくれる。テキパキと準備をするメンバーやスタッフに取り残され、一人機材を待つ僕は顔を上げることも出来ず座り込み、もう、ゲロ吐きそうである。申し訳なさの極北である。出来ればここから逃げ出してしまいたい…

 そこへ、『本物の王』が現れた。
若き実業家にしてサンクトペテルブルグの実力者、今回のオーガナイザー、イリアがやって来たのである。その貫禄と優雅な振る舞いはまさに帝王と呼ぶにふさわしく、ロシア人特有の高貴な顔立ちは、ちっぽけな僕にこう諭すかのように微笑んだ。
「芸の道っちゅうモンは、そない簡単に諦めたらあかんのやで〜〜」
まあ大阪弁で描写するとイマイチ伝わりにくいと思うが、彼の威厳に満ちた風貌に圧倒され、僕が気を引き締めたのは確かである。

 ライブスタート。できる限りの事をしよう。
タケシだって今日はキーボード+CDJという、経験の無いセットにトライするのだから。
そのCDJの音に合わせ、電源の入っていないMPCのパッドを大げさに叩いてみせる。
これだって芸のうちだ。
曲が始まったとたん、超満員の観客は「ウオ〜〜!!!」と大声をあげ、なんとステージ上には酔った女の客が飛び込んできた。店の警備係が引きずり降ろす。
今夜はハロウィーン。会場には過激に仮装した人達が埋め尽くし、他の人に負けじとばかりに踊っている。
泉ちゃんがさらに煽動すると、観客はいっそうもの凄い盛り上がり方をする。
これがロシアか?
僕らの想像をはるかに凌駕する狂乱のパーティーだ!
タケシはステージ上に設置されたDJブースとキーボードの間をさかんに行き来し、僕はスタッフに借りたギターをかき鳴らし、動かないサンプラーを壊れるほどに(もう壊れてるのだが)叩きまくる。
予測不可能の緊張から離脱したせいか、僕らは自分達でも信じられないくらいアツいステージングを繰り広げた。
色んな意味で怖かったロシアライブは大盛況のうちに終わる。

 イリアが優雅にウォッカを運んできた。「最高だった。君たちをロシアで広めたい。」と言う。サンクトペテルブルグの帝王にこんな嬉しいことを言われ、僕らは大量のショットを飲み干すのだ。
「ナスタローヴィア!!(乾杯!!)」
次々と僕のグラスにウォッカを注ぐイリアの気高い微笑みは、「人間、生きとったら色んな事起こるさかい、がんばりや〜〜」と励ましてくれているようであった、大阪弁に訳すと。
この危機的状況を身を粉にして救ってくれた、アンドレイ、カチャ、ヨギ、ロバート、イリア、スタッフの人達、修理屋さん、そしてキップソーンの皆の衆よ、本当にありがとう。
ワテ、この経験を肝に銘じるよってに。

 深夜3時、車での帰り道、広大なネヴァ河に架かる各々10車線の跳ね橋は、大型船を通過させるためにことごとく真っ二つに割れ、垂直に立っている。向こう岸のホテルへ渡るために、まだ上がっていない橋を探して遠回りをしなければならなかったが、その様はまるで跳ね橋が僕らのためにバンザイをしているようであった。



朝食の時には…


こんなことになるとは思っていませんでした…


すごいイベントスペースです。河に浮かんでいます。


夕食中。


大盛況です!


ライブ開始!


ワーワー!


タケシはDJとキーボードでたいへん。


オーディエンス達。


ヤンヤヤンヤ!!


ヨギとタケシのDJが始まる。


タケシ。


ウオ〜!


キャ〜!


ヨギ。


とにかく大成功だ!ナスタローヴィア!!


こんなアホなロシアの酔っぱらいと、


こんな僕好みの可愛いコがいたりするのです。


赤いキャミソールの女の子がカチャ。
今日は色々ありがとう!


彼が今日最大の功労者、アンドレイ。ありがとう!


そしてオーガナイザー・イリア(右)よ、ありがとう!


夜は更けていく。