2003EU

 Freitag 7 Nov.


 各国の酒を浴びるほど飲み、動物の肉を大量に摂取し、おのれの肉を完膚無きまでに酷使しした18日間。怒濤のヨーロッパツアーがついに感動のフィナーレを迎える。

 初日のベルリンが、たいへん昔の事のように感じられる。忙しく、新鮮すぎる毎日が、僕らの『体感時間』を実際よりも長く感じさせているのであろう。小学生時代の夏休みのように、永久に続く楽しいことばかりの日々。いつまでもこの時間が終わらなければいいのに…。とかいつまでも夏休み気分に浸っていると、9月1日の朝礼で「せんせい!石垣君が倒れました!」と現実逃避の卒倒を級友に発見されて笑われてしまうからシャンとしよう。ツアーの感動を噛みしめるのは後回しにして、今、僕らは大まじめな顔で荷造りに取り組んでいる。
 昨夜のライブから数時間しか経っていないが、明日行われる日本でのレギュラーイベント『Groovy Sauce』に間に合わせるため、朝早く帰国の途に着かなければならない。『Groovy Sauce』は今回のツアー最後を飾るイベントであり、つまり正確にはまだツアーは終わっていないのだ。
「終わったね…。終わってないけど…」
荷造りを済ませると、睡眠不足と18日分の疲労が一気に我々を襲う。ヨギが電話でタクシーを手配してくれる。いよいよヨーロッパを発つ時が来たようだ。離れがたい想いを振り切る瞬間だ。興奮のライブ、異国での刺激的な体験の数々、しかしこんな時もっとも切なく思い出されるのは、他愛もないバカ話や、何気ない生活の一場面だったりするものだ。ツアー中、寝食や苦労を共にしたツアーマネージャー・ロバートとの思い出である。

 あれ?ロバートは?
 長きに渡って同じ釜の飯を食い、ネオナチ残党への不安、オランダでの死の恐怖(?)を共に乗り越えてきた戦友は、こんな別れのタイミングでもマイペースにガーガー寝ている。泉ちゃんはロバートを揺り起こして「ありがとうね。いろいろ!」と握手を求めたが、彼は目も半開きのまま面倒くさそうに上半身を上げ、「ン??」と辺りを見回し、差し出された右手に自動的に握手をした。最後は一応起きあがって玄関まで見送ってくれたが、パンツ姿でアクビを連発しながら「じゃあ。…僕は寝る。」との別れの挨拶である。
 「ロバートとは今度いつ会えるのかなあ…」とかいう僕らのさっきまでの感傷は、軽い苦笑の中にかき消されてしまった…。しかしマイペースな彼らしくもあり、僕らは普段の笑顔のまま涙を流すことなく別離ができる。いつに日かまたひょっこり現れて、和田アキ子を歌いまくり、僕らと一緒にふざけまくるロバートの様子が容易に想像できるのだ。「じゃあ。おやすみ。」と、眠そうな彼をベッドに戻してやり、空港に向けて出発した。

 空港まで見送りに来てくれたヨギとはゲートでお別れである。彼を始めとするSHIBUYA HOTのスタッフ達によって実現したEU盤発売とEUツアー。「キップソーンと一緒にいるといつも楽しい!」と、ヨギは尽力の源をこう表現してくれる。来年の再会を約束し、僕らは手を振りながらゲートを通過していく。

 「お前のバッグはデカ過ぎる」と、太った中年女のチェック係に僕一人止められた。一度引き返すと、ゲートの手前には荷物のサイズを測る金属製の枠が取りつけられた台があり、そのバッグを枠の間へ通せと命令される。どうやっても指摘されたMPCのケースはほんの1cmの違いで通過出来ない。心配そうに駆け寄ってきたヨギが「たった1cmだよ!」と、中年女にドイツ語でアピールするが、交渉はスイスエアのカウンターでしろと追い払われた。先にゲートを通過したタケシや泉ちゃんのことなど考える余裕も無く、僕とヨギはもと来た道を急いで引き返して行く。ボーディングのタイムリミットが迫っているのだ。

 「そのバッグ、重そうですね…」カウンターでも余計な詮索が始まる。仕方なくハカリに載せると制限オーバー、「580ユーロになります。」とのお告げを聞く。「は?」580ユーロということは1ユーロが約120円とすると、69600円となる。
69600円!?
3000円のCDなら23枚、プレステ?が3台買えておつりが来る値段である。ヨギが「トイヤー!トイヤー!(高いよ!)」としつこくクレームを付けるも全く埒があかないので、支払うことを決断した。何しろ時間がせっぱ詰まっているので交渉に時間をかけていられないのだ。
「では支払いは、この先のつきあたりのサービスカウンターで。」
オイ、オイ…焦っているのに、あちらさんはタライ回しだ。
 ユーロの手持ちが無くカード支払いの面倒な手続きを終えると、もう走らなければ間に合わない。「じゃあね!来年!」ヨギとの挨拶も素っ気なくなってしまい、ハアハア言いながら急いでゲートをくぐり、X線荷物検査を受けると今度は「スペシャルコントロールです」と楽器はさらに麻薬検査に回されるのだ、全くもう!

 面倒な事態とタライ回しの連続、プレステ?三台分の出費に僕は完全にテンパってしまった。タケシと泉ちゃんの方では、僕が何も言わずにいなくなってしまい、ボーディング出来ずに気をもんでいたらしい。しかし今の僕には他人の状況まで慮る余裕が無く、二人にこれまでの長いいきさつを冷静に説明できないでいる。

 今回のツアーでは、常に僕がトラブルの発信源となってしまったようだ。怒りが治まると今度は申し訳ない気分が僕の心を覆う。

 明日の日本でのライブ、だいじょうぶかなあ?!



あ、帰るの?じゃあね…


フランクフルト空港ではなぜかマックばかり食ってしまいます。


どうも色々ありがとう!


日本のみんな、待ってろよ!