2003EU

 Donnerstag 23 Okt.


 朝は妙な音で起こされた。
隣の部屋から定期的に「ピ〜ンポ〜ン」という感じの音階が微かに響いてくるのだった。
だんだん覚醒していく段階で、その音は「スク〜タ〜」という人間の声であることが判明してくる。どうやら泉ちゃんが今日のライブでやる曲『scooter』を練習しているらしい。
 珍しく熱心に練習をしているな、と思ったが、そういえば彼女はベルリンに来てからずっと「23日のライブお客さん来るかなあ」とやけに心配していた。ライブ当日である今日は木曜だし、EU盤CDの発売前ということもあって(EU盤発売は25日)確かに条件は良いとはいえない。しかし気にしたところで何かが変わるわけでもないので、「だいじょうぶだいじょうぶ!」と彼女を勇気づけたのであるが、それでも彼女は「そうかなあ」と、今までに無いくらい心配している。

 (そして今夜、オンナの勘の怖ろしさを知ることになろうとは…)

 ロバートと僕はかつてベルリンの壁が存在していたポツダムという所へ行く。政治や文化の要衝で、東西の交流が復活してから発展めまぐるしく、今では元々あった国境がどこなのか認識出来ないほど新しいビルが建設されている。かと思うとブランデンブルグ門がドーンと聳え立っていて面食らう。5時頃ホテルに戻る。

 『PRIVATCLUB』でのリハーサルを終え、1階に上がってみんな一緒にディナーをする。
ところで、レストランのオーナーであるリッチさんは、いつも隣に違う若い女性をはべらせており、奥さん的にOKなのか心配であるが、オレ達的に羨ましくもあるのも実情だ。彼は僕らに「ライブ頑張って!」と応援の言葉をかけ、レストランの名前の入ったマグカップをプレゼントしてくれた。

 夕食後、2階のホテルで着替えをする。後はロバートからのライブ開始の合図を待てばいい。しかし当初予定していたライブの時刻を過ぎているのに、ロバートがなかなか上がってこない。
「まだかなあ。」と業を煮やした我々は、様子を見に階段を降りて行った。途中でロバートに遭う。そして彼は心配そうな顔でこう言うのである。

 「いつでもライブはできる。ただ一つ問題がある。人がいない…」

「???」となって3人は階段を地下まで降り、『PRIVATCLUB』の扉を勢いよく開ける。

 人がいない。

 客がほとんどいないのだ。見てはいけないものを見てしまったような気がして、開けた扉を一度閉め、今度はおそるおそるゆっくり扉を開いていくが、やはり客はいないのである。ミラーボールの光の点の数々が、誰もいないフロアの上を虚しくうごめいており、赤々と照らされたステージの上のマイクスタンドや楽器類は、美術館に展示されているオブジェのように静かにたたずむばかりなのである。会場内の暗さに目が慣れてくると、壁際の暗がりのあちこちに何人かの人影を見つけることができる。それらを全て合わせてみても10人くらいであろうか。それは「お客さん来るかなあ」という泉ちゃんのオンナの勘が、図らずも実現してしまった光景である。
 オーガナイザーのノベートは「信じられない…」という表情でカウンターの椅子に座っていた。「どうしよう。ライブやめる?」ロバートもやはり心配そうに僕らに聞いた。
 「いや、ライブはやるよ。」
 事も無げに僕らは彼に言い放った。「よし、行こう!」といつものライブ時のテンションに入った僕たちを、ツアーマネージャー初体験のロバートは不思議そうに見送る。

 昔、キップソーンを立ち上げて間もない頃、3人の観客の前で演奏をしたこともある。それ以来『お客さんが一人でもいればライブをやる』というのが我々の信条だ。楽しみに来てくれたお客さんに、それ以上の何かを得て帰ってもらうのが我々がライブを行う目的である。きれいごとのように聞こえるかもしれないが、きれいごとだったらこの夜のできごとをこのように赤裸々にレポートしたりはしない。僕らは事も無げに「よし、行こう!」とテンションを上げてはいるものの、この夜の緊張感は今思い出してもおしっこをチビり、ゲロを吐きそうになるほど凄まじいものだった(ここまで書いてもきれいごとと貴方は言うのか!)。

 チビらないようにステージに上がる。すると待ってましたとばかりに、全てのお客さんが僕らの真ん前で横並びになった。皆、一様に期待に溢れた笑顔で迎えてくれている。PAを行うノベート以外の人達が全員ステージの最前列にいるという、『キーパー以外全員フォワード』のフォーメーションで、我々と向かい合っているのである。

 キックオフ!
スピーカーから勢いよく飛び出す音。
今日は君たちフォワード陣のためだけにこの音楽を届けよう。
未曾有の緊張感から一気に解放された僕たちは、1曲目から“ランナーズ・ハイ”の状態に登り詰める。
楽器も声も体も、ツアー初日の今夜のために大事に使ってきた甲斐があり、なんだか知らんが「今日のQちゃん最高」の状態だ。
待ちわびた期待感の更に上を行く我々のパフォーマンスに、最前列に陣取ったオーディエンスは嬉しそうに踊り始め、声を上げる。
心配そうに見守っていたロバートもノベートも、「あ、こいつらやる気満々だ…」と舌を巻き、二人顔を見合わせて微笑んだ。ノベートは上のレストランに響くほどに更にボリュームを上げたので、彼の横にいたレストランオーナーのリッチが今度は心配そうになる。
曲が進むにつれ、観客は汗をほとばしらせ、思い思いの激しいダンスを披露する。
その顔は一面の曇りもない笑顔であり、僕たちのベルリン来訪を心から喜んでくれているのだ。
嬉しい顔を見れば僕らも嬉しい。嬉しさの好循環がここにはある。
そして『Go Go Girl』の最後のオーケストラヒットを叩いて、ライブは終わった。
お辞儀をして会場を去ろうとする僕たちに、なんと彼らは大声でアンコールを求め、激しく手を叩いた。
僕たちに10倍の客がいるように思わせるため、彼らは普通の10倍大きな音を立てているのだ。

オレ達は幸せ者ではないか。まさにお客様は神様である。
『PRIVATCLUB』の「PRIVAT」とは、ドイツ語の「プライベート」のことだ。
僕たちと10人ちょっとのベルリナー達、これは誰にも内緒で行われたプライベートパーティーの話である。


 今日CDを買ってくれたお客さんは、EU盤『MONTUNO NO.5』の購入者第一号となった。泉ちゃんはシリアルナンバー付きのサインをする。来場してくれた人達は終始笑顔で帰っていった。
 ノベートは会場を片づけながら僕たちに言った。
「君たちは本当にプロフェッショナルだ。こんな厳しい状況なのに、君たちは心配そうな顔ひとつ見せず、客を楽しませることに集中していた。本当に素晴らしかった。どうもありがとう。」
 今夜は僕らにとっても、プロとしてのプライドを全うすることの厳しさ、凄まじさ、その先にある大きな達成感や喜びを身をもって体験した夜であった。ロバートも「よくやったね!」と僕たちの健闘を讃えてくれた。苦しい状況をともに乗り越えたことで、この日を境に彼とは急速に仲良くなっていく。

 1階のレストランで乾杯をし、ようやくホッとできる。
僕らは最高のテンションでライブを行うことができたが、きっとそのライブ中でさえ、心の奥底では辛い痛みに耐えていたに違いない。今年二度目の海外ツアー、初の海外盤リリースで浮かれる我々に、「いい気になってんじゃねえよ」と音楽の神様が天誅を喰らわして下さったのだ。ツアー初日にして鼻っ柱を思いっきり折られた訳であるが、これからの活動にとって必ずや貴重な経験となるだろう。

 オレ達にもう恐いものは何も無い。



今朝もまたずいぶん食ってやがんなあ!


ベルリンの壁の一部。それほど高くありません。


ソニーセンターというアミューズメントビルです。


ロバートとハネス。


ブランデンブルグ門。


国会議事堂。


リハーサル中。


ノベートと。今日はガンバロー!


夕食はシュニッツェルです。


『PRIVATCLUB』


色々ありましたが、お疲れさま。
左は1階のレストラン『MARKTHALLE』のオーナーです。


飲みましょう!


ロバートとノベート。


みんないい笑顔です。