2003EU

 zaterdag 25 okt.


 チェックアウトをしてホテル1階のバーでお茶を飲んでいると、石塚さん、リョウさん、斉藤君が到着した。彼らは現在アムステルフェーンで暮らしている日本人だ。昨日、車で送り迎えをしてくれた彼らであるが、今日も2台の車で僕らを送ってくれるというのだ。今日ライブを行う町・エンスケデーまでは車で3時間かかる道のりである。それでも石塚さんは笑顔で「日本人同士じゃないスか!」と言う。疲労困憊の僕らにとって、これは何よりもありがたいことだ。

 さっきまで晴れていたのに雨が降ってきた。アムステルダムの気候は変わりやすい。
それでも街の人達は傘をささずに歩いている。あまりにも気候の変化が激しいため「もうどうでもよくなってるんスよ、彼ら!」と、運転しながら石塚さんは愉快そうに説明する。またアムステルダム市内には縦横に運河が走り、船を通すための跳ね橋が所々で上がっていて、その間は車が渡れない。「オランダならではの風景ですよホラホラ!出勤の時は大渋滞になるからやめてもらいたいんスよね、ほんと!」と、苦言を言う時も彼はあくまで陽気である。

 高速道路に乗り、サービスエリアで食事をする。
ウェイターが持ち運んでいる料理を見て、「『アイツマイター』っすよねえ!?あれ。」と石塚さんが隣のリョウさんに明るく尋ねたが、「さあ…」と冷たくあしらうリョウさん。知らなかった訳ではなく、石塚さんのひょうきんさに付き合うのが面倒くさい、といった感じである。慌てて奧の席から首を伸ばした斉藤君が「あっ、あれが『アイツマイター』なんだ!」とリョウさんの代わりに大げさに相づちを打っている。
 冷静なリョウさんとマイペースな石塚さん、その二人の間で気を遣う斉藤君という、何とも微笑ましい構図だ。(ちなみに『アイツマイター』とは、パンの上に目玉焼きなどの具が乗ったオランダ独特の朝食のことである。)

 高速を降りたがライブ会場への行き方が分からず、車は同じ所をグルグル回ってようやく会場近辺にたどり着いた。駅一帯の繁華街へ入る道には下から車止めが突き出ており、その付近にドライブスルーの注文受付機のような無線装置が置かれている。スピーカーから何か声がしたので、「なんだこりゃ?何て答えればいいんスかね?」と困って動けずにいると、先に通過することができたリョウさんが、しょうがねえなあという感じでこちらに来た。スピーカーに向かうと、
「アタック。」
と冷静に一言告げる。車止めは見事に下りた。
 『アタック』ってなんなんスかそれ〜!と石塚さんは大喜びであるが、それには答えずリョウさんは自分の車へ戻る。「…呪文っすかね?」と石塚さんはどこまでも愛すべきキャラクターなのであった。『アタック』は今日のライブハウスの名前である。

 『ATAK』に到着し機材を全て降ろしたとたん、「じゃ、頑張って下さい!」と言って彼らは立ち去ろうとする。聞けば彼らには予定があり、このままUターンして帰らねばならないという。忙しいにもかかわらず、送迎の目的だけでわざわざ片道3時間もかけてやって来たのだ。
 「何て優しい…」と僕らは感動である。「日本人同士じゃないスか!」と言い残し、強力な助っ人三名は帰って行った。

 楽屋でロバートは「僕の日本での愛称は『風魔』だ」と言い張り、日本留学中に使っていた名刺を見ると『辺久風魔』とか書いてある。『辺久』は彼の名字『ベック』だから良いが、「何が『風魔』じゃ!」ということで、pitchtunerのミキちゃんと一緒に『露波斗』という素敵な日本名を考えてあげたが、ロバートには不評で「カッコワルイね」と一蹴された。そうこうしているうちにpitchtunerの出番だ。

 pitchtunerの盛り上がりに続けて我々がステージに上がる。
 自分達は今どこにいるのか、という疑問が意味を失って久しい。さまざまな都市を移動し、時差ボケ、多忙なスケジュールの中で、既に時間と空間の感覚が麻痺しているのだ。だいたいエンスケデーとはどこなのか?
分からないが、とにかくこうしてライブを心待ちにしている観客がいる。
観客がいて、ライブができる。どこであってもこれこそが僕らの喜びだ。
 泉ちゃんが必死で覚えた「ダンキューヴェル!!」というオランダ語の挨拶で、観客のハートをがっちり掴む。
ライブ用のインスト曲から『Scooter』『Boogaloo Chair』『シュークリームのうた』とスピーディーなナンバーを連発すると、大柄な彼らのボディーが震動を始める。
「いったいQYPTHONEとは何者なのか?」という人がほとんどであろうが、その知らない者同士が、音楽を通じて何かを分かち合うのだ。よく考えると不思議な事だが、よく考えないと不思議な事ではない。
「いいね!」「踊ろう!」ってことだ。
 後半に入ると、彼らのダンスは一層激しさを増す。
『Groovy Sauce』から『Go Go Girl』へと続くお馴染みのセットであるが、オーディエンスのレスポンスの新鮮さが、常にライブをクライマックスに導くのだ。
そして多くの拍手を浴びながら、ついに3連続ライブが幕を下ろす。
 「終わった〜!」

 ツアーは終わってはいないが、取りあえず一段落だ。タケシとアリアンをDJに送り出し、楽屋でpitchtunerと互いの健闘を讃え、CD交換をしたり談笑したりして安心してしまったのか、猛烈な眠気が僕らを襲ってきた。
 ホテルへ戻るとタケシがコートを忘れ、アリアンさんがチャリンコで届けに来るようだ。「いいよいいよ。コート忘れたぐらい…」タケシのひょうきんさに付き合うのはもう面倒だ。寝よう。

 ところで今日の午前2時は午前1時になる。ヨーロッパのサマータイムが今日で終わるのだ。つまり我々は1時間余計に眠れる。人も優しいが暦も優しい一日であった。



ホテル1階のバーで。


左がひょうきんな石塚さん。


さて行きましょう。


アリアンと斉藤君。
(エンスケデーへ向かう途中のサービスエリアにて)


昼飯食ってゴキゲンの我ら。


エンスケデーに着く。素晴らしき助っ人日本人たちと記念撮影。
(左からリョウさん、石塚さん、中塚、泉、ロバート、斉藤君)


何て気持ちの良い連中なんじゃ…


夕飯食ってゴキゲンの泉ちゃん。


pitchtunerが持ってきたパソコンで勝手に遊ぶ。


pitchtunerのミキちゃんとCD交換。
今度は日本でも演ろうよ!


ATAKのオーナーとアリアンさん。貫禄あるオナカ。


オレ達いまどこに居るの〜