2003EU

 zondag 26 okt.


 いくら寝ても寝足りない。精根尽き果て、体はボロ雑巾のようだ。今の僕らに必要なのは休息である。にもかかわらず、我々は寄り道をする。スケジュール帳によるとよせばいいのに「10月26日、アムステルダム観光」とある。正直、もう観光なんてどうでもいい。

 しかし本日は珍しく快晴で、ホテルの部屋に到着すると、今日から何日か休めるんだという事実が実感され、少し嬉しくなってきた。
「あ〜疲れた〜〜!!」
ベッドにボイ〜ンと、連続ライブの緊張感から解放された体を思う存分あずけるのだ。次のライブは31日のサンクトペテルブルグ、ということはあと5日もある!
 そう考え出したとたん、俄然元気が出てくるのだから人間の身体は不思議だ。一度横になった体を起こしてお喋りを始め、いそいそと新しい服に着替えたり、化粧をしたり、なんかつっ立ったりして、誰も休息をとろうとしない。さっきまで「どうでもいい」と言っていたのに、「ちょっと街へ出てみようか…」と観光への打診を試み始める。打診どころか全員すでに誰の目にも完璧な観光体勢になっているのだ。じゃ、まあ…行こうかあ!?

 イタリアンレストランでピザやパスタをたらふく食べた後、のんびりと散歩する。お土産屋では風車の写真、チューリップの球根、木靴など、小学校の時に習ったオランダのイメージを裏切らない品物を売っていた。一方、普通のTシャツショップなのに、大麻入りクッキーや、無修正のエロトランプ(当然僕は買いました!)、エログッズなどが堂々と売られており、オランダの子供達の行く末が心配になる。そういえば街のいたる所から、すれ違う若者から、やけにあのかぐわしいニオイが漂ってくるではないか。

 ここアムステルダムは、どういう訳か世界一麻薬に寛容な都市なのだ。

 調子に乗ってきた僕らは、
「コーヒーショップでココアを飲もう!」と満場一致で決定した。
 『コーヒーショップ』とは単なる喫茶店ではない。「ある物」を買って吸ったり、ココアに混ぜて飲んだりできる場所である。「ある物」は、服用した人間の脳に作用し、不思議な効果をもたらすという。
 ドキドキしながらコーヒーショップに入った僕ら4人は、ココアと一緒に「ある物」を注文し、それをライターでよく熱してから注意深くココアに混ぜ入れた。おそるおそる、しかし速いペースで一口ずつ飲み、最後の一滴まで舌で舐め取る。明らかにいかがわしい行為だ。
「さあ、どうなるのかなあ!」
 期待に胸ふくらませながらホテルに戻ると、早速ロバートに効果が顕れたようで、いつになくヘラヘラしている。タケシもよく喋るし、僕もベッドに寝そべっただけで意味もなく笑いがこみ上げてきた。泉ちゃんだけは「全然効かない」と不満を漏らす。僕らも効いている意識はあるものの、正直「こんなもんかあ」という感じもあったので、もう一軒のコーヒーショップに出かけることにした。
 二軒目の店は、入るなりもの凄いニオイが立ちこめ、室内の空気を吸っているだけで朦朧としてくるほどだ。店で飼われている猫がカウンターの上でグッタリと寝そべっている。空気の悪さに耐え切れなくなったタケシは「気持ち悪い」と言って外へ出た。
仕方なく3人だけで再び特製ココアを作ったのだが、この頃から僕はとてつもなく眠くなってきて、肩が重くなり、伸びをしたり、足を組み替えたりと、どうにも落ち着かないような、横になりたいような妙な状態になっていた。ライブの疲れが出たのかなと軽く考え、差し出されたココアを飲んだ。

 それがいけなかった。

 石垣の証言  皆さんの証言

 帰ろうとして店の扉を開けると、もの凄い勢いで上から『幕』が降りてくる。僕の人生の『幕』が降りたのである。

 店を出ようとする石垣がそのまま入り口の所で座り込む。
 空白。

 座ったまま後ろへ倒れそうになる彼の体をタケシが支える。
酔いつぶれた人なら、介抱する人に体を預けるくらいの多少の意識があるはずだが、彼は違った。
感電した人のように、体を反り返らせて扉の取っ手を掴んだまま離さないのだ。
人間がこんなになっている状態は実際に見たことがない。これはヤバイのかもしれない。

 「扉から手を離して」とタケシの声が聞こえたが、そんなことをしてはいけないのだ。その時『扉から手を離さないこと』は、僕にとって大事なことだった。なんのこっちゃわからんが。

 店外の壁の方に運ぶため、タケシは「石垣さん、扉から手を離して」と言うが、ビクともしない。
無理やり彼の手を剥がし、体をひきずるが、彼の体は引きつけを起こしたように突っ張っていてなかなか運べない。

 空白。

 石垣の口は半開きで、眼球が上へ引っ張られて白眼を剥いており、手足が痙攣している。
泉は「石垣君が物体になっていく…」と成すすべ無くその様を見つめ、タケシもロバートもいよいよ迫る彼の人生の終わりを確信する。「石垣さん、こんな外国で死ぬのかあ…」友人がオランダで死亡するのである。
噂を聞きつけた店の人が出てきて「ああ、これはドラッグアウトだ」と言い、店内に何かを取りに行く。
彼の口振りだと、どうやら石垣は死んでないっぽい。

 ラムネだあ。
椅子だあ。後頭部がジワジワしている。

 店員はラムネ、椅子、水と手際よく持ってきて、ドラッグアウトの応急処置をタケシ達に託し「10分で元に戻るから」と笑顔で去っていった。彼の慣れた感じに安心し、友人の死亡という恐怖から解放される。

 まわりの景色の白色の部分が全部、星、である。
「白い部分が全部、『星』だあ〜」興奮気味に全員に説明している。
赤黒い模様が目の前でうねっている。
膝がジワジワしていて重い。
ジワジワが足首まで降りてくる。

 石垣に水を渡すと突如「あ、どうも」と覚醒する。つまり、死んでない。


 オレは生き返った。地獄から甦った男、石垣である。僕の地獄旅行は他のみんなを完全にひかせたようである。泉ちゃんだけまだ効果が顕れておらず、「あんなになったらどうしよう…」と怯えているので、ホテルまでの道のりをみんなで手を繋いで帰ることにした。

 もう二度とやんない。



みんなで朝食。


オレ達ここにいたんだあ。へえ〜。どこなの?


オレ達を疲れさせる荷物達。


特急の車内です。


泉、石垣。


ロバート。


アムステルダムに到着。


タクシーでホテルへ。


やめろよ〜。また壊れるから!


ホテルの入り口。


観光に参りましょう。


運河。


かんぱ〜い。


いただきま〜す。


水を買って…


ココアを飲む。


キいてきた〜。


ロバート「うへへへ〜」、泉「だいじょうぶ〜?」


大丈夫ではございません…
(死んだ直後の現場写真)


ラムネ(糖分)が回復の助けになるとは知らなんだ。
ジャンキーなみんなも憶えとこう!