Mittwoch
22 Okt.
『MARKTHALLE』は1階が昨夜夕食をしたレストラン、2階は僕らが泊まっているホテルで、地下1階が明日ライブを行う『PRIVATCLUB』である。ショッピングモールの入った古い建物が隣にあり、何をするにも半径30m以内で済んでしまう。ここはぐうたらな我々にもってこいのシチュエーションなのだ。
寝ぼけ顔のまま1階に降りれば朝食がとれる。実に便利である。
便利さに気を許し、ゆっくり時間を費やして食事をしていたら、いつのまにかレストランの朝食タイムは終わってしまったようで、お店の人達は次の準備に取りかかっている。
次の準備というのは、ここで午後に行われる誰かの結婚式のことで、秋色に色づいた葉や実をつけた小枝が飾りとして持ち込まれている。オレンジ色のランチョンマットの傍らに、無造作にその秋色の小枝を置いていく演出は、やはりヨーロッパ人の美意識だなあと、泉ちゃんはすっかり見とれていた。
窓の外を見ると街路樹も秋色に色づいて綺麗である。よく見るとテーブルにある小枝と同じ種類だ。
なんのことはない、その辺の枝をぶち折って持ってきたわけである。半径30m以内に生えていた公共物で飾り付けを済ませてしまう結婚式とは、ずいぶんぞんざいだなあと、泉ちゃんは同じ小枝を今度はビミョーな心持ちで眺めるのである。
ノベートが車で迎えに来てくれた。昨夜の夕食時に彼は、「君たちは本当にナイスな日本人だね!」と、僕らをえらく気に入ってくれたようで、今日はベルリンの街を案内してくれるのである。ところで昨夜、僕たちはただ談笑していただけであり、何もナイスなことをしてあげた覚えがない。彼が今まで会った日本人はよっぽど無礼なヤツだったに違いないが、詳しいことは聞けなかった。
ノベートのオフィスや部屋、レコードショップなどに連れて行ってもらう。ハードコアバンドのヴォーカルだった彼だが、僕らに心を許してマヌケな旅の失敗談なども聞かせてくれて、「目がリチャードギアに似てる」と褒めると顔を赤らめてしまうような、とてもソフトコアな人だ。
ノベートと別れてロバートに会う。
夕方ホテルにやって来たブレーメン大学に通うこの学生は挨拶を終えると、「夕食の場所を探しに行こう」と提案した。メキシコ料理屋に入る。
彼は今日から、大学で専攻する日本学と国際経済以上に重要な任務に就くのである。
彼を待つ任務とは、キップソーンという国際的音楽シンジケートのツアーマネージャーという、たいへん危険な仕事だ。小学校の『飼育係』は小動物が好きな者でないとなかなか務まらず、逃げたハムスターがロッカーの裏で死んでたり、夏休み中にエサをあげ忘れて始業式の日にカナリアが死んでたり、水槽の水を取り替え忘れてどじょうが全部死んで浮かんでたりしてやっかいだが、まあ、それっぽい仕事でもある。
ロバートとは日本でも数回会ったことがある。しかしほとんど話をしたこともなく、彼がどんな男なのかあまり知らない。一緒に夕食を食べながら、彼の住んでいる町のこと、通っている大学のことなど、ごく一般的な会話をして親睦を深める。僕らと彼との関係はまだIDチェックの段階にあるのだ。
背が高く色白でメガネを着用、学生、日本語堪能、やや断定的な口調があり頑固、性格明朗。
彼が我々国際的音楽シンジケートに対してどれだけの役割を果たすのかは未知数だが、「夕食の場所を探しに行こう」と提案してちゃんと僕らにエサを与えたので、まあ、ほとんど合格だ。あとは、どれくらいタケシのバカ話につき合うことができるか、という点が彼の今後の課題となる。
早晩、彼の愉快な大活躍がこのレポートによって明かされることであろう。
ノベート以上に僕らに心を許し、歌い、踊り、「おいしいナリ〜〜!おいしいでゴザル!」と間違った日本語を連呼して一人で大爆笑している姿が。
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