2003EU

 суббота 1 ноябрь


 朝、サンクトペテルブルグのホテル内で初老の日本人夫婦に「エクスキューズミー」とレストランの場所を聞かれる。僕は「ゴーストレート」と答える。
ロバートが朝食を食べにレストランへ入ろうとしたら「何の用だ?」とウェイトレスに怒られる。ロバートは「朝食です」と答える。
 これらの会話の骨子には何の問題も見あたらないが、どこか妙である。見せられた絵が『だまし絵』だと気づく前の、イリュージョンに翻弄されている状態なのである。そして今日訪れるモスクワは、我々をさらなるイリュージョンへと導くのだ。

 アンドレイ達がサンクトペテルブルグ空港までバンで送ってくれた。そこから中型機に乗り、程なくモスクワ・シェルメチボ空港に到着する。
 ベルトコンベアから流れてくる荷物を待っていると、可愛らしい女の子が花を持って笑顔で近づいてきた。
「私、ナタリーです。」唐突に自己紹介を始める彼女に、僕は「ああ、そうですか」と言うよりほかなかった。荷物引渡所に僕の知り合いがいるはず無いのだ。よくよく話をきいてみると彼女はモスクワのイベントのスタッフであったのだが、飛行機を降りた者か空港関係者でなければ入れないはずのこの場所に、いったいどうやって入ってきたのだろう?、セキュリティを突破するか魔法でも使わない限り無理である。確かにナタリーの透き通った青い眼は、見つめていると今にも魔法にかかりそうである。不思議な印象の女の子だ。

 彼女が手配した大きめのタクシーに荷物と一緒に乗り込み、モスクワの中心部に入っていく。すると途中でナタリーは、「お腹空いたでしょ?」と、みんなをタクシーから降ろしてレストランへ連れて行くのだ。まさか運転手を置いてきぼりにして飯を食うのかなあ?と一瞬ビビったが、まあ、運転手が先にホテルに荷物を届けてくれているのだろうと解釈し、昼食をとることにした。

 ロシア語のメニューが読めない僕らにナタリーは親切に英語で説明し、この料理はどんなものかウェイトレスと丁寧にやり取りをしてくれた。不思議な印象はあるものの、よくできた優しい娘さんだ。メニューの冊子に見入っていた娘さんは出し抜けに、
「カッコイイ」とつぶやく。
え?どこが?
そのメニューはちっともカッコ良くなかった。デザインも色遣いもいたって普通だった。タケシは首をかしげながら「これ、かっこいいかあ?」と同じメニューをパラパラめくって確かめる。
 いや、冷静に考えてみると、彼女はロシア語を喋ったのである。つまり、我々はまんまとイリュージョンに陥ったのである。そして『カッコイイ』というロシア語が何を意味するのかは、いまだもって不明である。

 ゆっくり昼食を終えてレストランを出ると、可哀相に運転手とタクシーはずっと待っていたようだ…。

 こんな風に、モスクワは僕らを『だまし絵』の世界へいざなうのだ。そしてこんなのはまだ序の口、我々はいよいよ人生最大の濃密なイリュージョンに突入する。

『赤の広場』を過ぎて辿り着いた大神殿。
ここが今晩泊まる四つ星(!!)ホテル『ウクライナ』である。
ここからオーガナイザーのイリーナの車でさらに向かった先は『正』という、日本食とライブの店(?)だ。
リハーサル後にカウンターでタバコを求めると「260ルーブル」だという。外で買えば26ルーブルのはずだが…?と驚いていると、店員「タダでいいや」。
寿司を食う。食ったと思ったらまた別のレストランへ行く。
DJアレクサンダー、ニーナ、エレクトロの鬼才DMXkrewを交えて飲み会だ。
アレクサンダーのロシア民謡DJ(?)に合わせて客は踊り狂い、ウォッカをガブ飲みしている。
泉ちゃんが「モスクワは凄いエキサイティングで大好きです!」とおもねると、「ボクモ、モスクワハ、ハジメテ…」とDMXkrewことエドが日本語で答える。彼はイギリス人。
なぜかみんなでイリーナのマンションへ行く。
会場に戻るとテレビインタビュー。インタビュー後にイベントスポンサーのインタビュー。
スポンサーはなぜか『マイルドセブン』で、ロシアのインタビュアーは英語でこう質問した。
「マイルドセブンは知ってますよね!?」
「いいえ!」と泉ちゃん。スポンサーの何たるかを彼女は知らない。

 よく考えたら大変なVIP待遇と豪遊であった。それは取りも直さず、我々のライブへの格別な期待感をイリーナ達が持ってくれているということだ。
 ライブは昨晩に引き続きCDJを駆使した苦肉の策であるが、VIP待遇マジックを兼ね備えた僕らには恐いもの無しである。
 僕がMPCを叩く。全く同時にタケシがCDJをスタートさせる。これはもう魔力というほかない。
「ドーブルイヴェーチェル!!(こんばんは)」という、泉ちゃんにとっては憶えきれないほど長いロシア語の挨拶が奇跡的にキマる。酒を飲んでいた者も、寿司をほおばっていた者も一斉にステージ前に集まって来た。
ロシアの男性はノリが良く、女の子はみんなカワイイ。
そんなオーディエンス達が皆、極東発の僕らの音楽で踊りまくっているのだ。
喉が焼けるほど熱いウォッカのごとく、熱いビートに胸を焦がしておくれ!
スパスィーバ!!モスクワ!

 ライブ後、ニーナは僕らに「12月にまたモスクワに呼びたい」と、かなり具体的な話を持ちかけてきた。もちろん僕らは行くつもりだぜスパスィーバ!12月のモスクワは寒そうだが、きっと今日のようなアツイ体験になるに違いない。
 ヨギとタケシによる疲れ知らずの熱闘DJと、店のオーナーの勧めるショットの嵐で、すっかり汗まみれになってしまったが、イリーナはさらにこれからDMXkrewのテクノイベントに繰り出そうという。いつもなら「もう堪忍して〜」となるひ弱な僕たちだが、今日は信じられないほどエネルギーがみなぎっているのだ。音楽とウォッカによって引き出される自分達のパワーに驚かされた一日であった。

自信を持って言える。オレ達も随分タフになった。
それだけは決して幻覚などではないのだ。



アンドレイと運転をしてくれたその友人。ありがとう!


サンクトペテルブルグ空港のプルコヴォ航空機。


ジェットエンジンで良かった〜。


ナタリー。


クレムリン。赤の広場。


四つ星ホテル。


内装の豪華さにシビレル僕ら。


こんな感じ。


左から二番目の女性が今回のオーガナイザー・イリーナです。
これから寿司を食うのです。


次に訪れたレストランで。
左端はDMXkrewことエド、タケシの隣がニーナ。


モスクワの夜。


ライブ後の楽屋にて。
ニーナ、アレクサンダー、泉、ロバート。


ライブ後のテクノイベント。


プッシーちゃん達のケツを見ているところ。


コイツらはどこ行ってもアホですわ。


DMXkrew。


ナタリーをかこんで。


みんなで。忙しかったけど楽しかった〜!